「好きな人にどう思われているのか気になる…」恋愛になると“極端に考えがち”になる理由(ワケ)

好きな人がいて相手もこちらに関心を向けてくれているとわかるとき、楽しいはずなのに「好かれているかどうかの確信」が持てずに不安になる人はいます。

中途半端なつながりに居心地の悪さを感じ、「好きか嫌いかはっきりしてほしい」と相手に迫ったばかりに疎遠にされてしまった、というのもよくあること。

「0か100か」の白黒思考に陥るのはなぜなのか、不安や焦りはどうすればいいのか、ご紹介します。

白黒思考は自分自身を苦しめる!その理由とは

好きだからこそ中途半端が怖くなる

好意を覚える男性がいて、LINEでも会っても楽しくコミュニケーションが取れている。

「好かれているのかも」と感じる瞬間はうれしいし舞い上がるけれど、反対にちょっと素っ気ない対応をされると「やっぱり恋愛感情ではないのかも」と不安が強くなり、落ち着かなくなるということはありませんか?

その結果、曖昧な状態の自分が嫌で「どう思っているのかはっきりして」と相手に伝え、「そこまで好きじゃない」などと返されてそのまま音信不通になってしまうと、せっかくの縁をみずから潰すことになります。

うまくいっているはずなのに、「告白された」「付き合っている」とふたりの関係に明確な形がないため、「どう思われているのか実際はわからない曖昧な自分」が怖くなるのは誰にでもあると思います。

好きな人のように強い関心を向けてしまうからこそ、「グレーな状態」の結果が期待通りでなかったときのことを想像すると落ち込み、それを何とかしたいから突っ走ってしまうのですね。

友人関係なら多少の距離を感じても無理に自分への気持ちを言わせようとはしないのに、こと恋愛になると答えを迫ってしまうのは、「その人に愛される自分が正解」だと思い込んでいるからと筆者は感じます。

好きな人だからこそ、中途半端な関係に心が不安定になるのですね。

「0か100か」の白黒思考が縁を遠ざける

「自分は100%でこの人のことが好き」と自覚できても、相手が自分と同じく100%で好きでいてくれるかどうかはわかりません。

恋人関係になっていても、相手がこちらにどれくらいの愛情を向けてくれているか実感が難しい、というときもあります。

好きな人とのつながりで心が乱れがちになる人の特徴に「常に自分と同じ量で好かれていたい」「好かれていることを実感していたい」というものがあり、それが叶うかどうか不安が強くなると相手に答えを求めるのです。

実際に見聞きするのは「好きなら付き合って、そうでないなら関わらないで」と極端にふたりの関係を決めようとするもの。そこに相手の気持ちは存在しません。

自分と同じ100%で好きなら早く求めてほしいし、そこまでじゃないのならほかのつながりにすら自分を置かないで、となるのは、「愛される自分」しか頭にないからです。

相手によっては「いま」100%ではないけれど50%とか80%では好意がある、「これから」自分の気持ちを育てていこうとしている、という場合もあるのに、いきなり「0か100かにして」と求められたら、プレッシャーを感じますよね。

好意はあったのに、一方的な負担を負わされることで相手の気持ちが10%くらいまで萎えることもあるのに、白黒思考の人はこうなることを想像できないといえます。

「100%の好意でないと関わることすら許されない」ようなつながりをあたたかく迎えられる人などそうおらず、たいていは切羽詰まったこちらの姿を見て腰が引けてしまい、逃げ出してしまうのも仕方ありません。

そうなって「やっぱり好かれてはいなかったのだ」と落ち込んでも、その結果を招いたのは紛れもなく自分です。相手の在り方を正しく見ようとしない、距離を置いて相手の姿をまっすぐ受け止められない自分の弱さを考える必要があります。

「自分と等しく相手にもペースがある」と知る

はっきりとした告白がないとしても、「LINEでメッセージを送ったら前向きな返事をもらえる」「デートに誘ってもらえる」「会ってもらえる」と自分を客観的に見れば、多少でも好意を持たれていることはわかります。

たとえば仕事が忙しいときでも週末は一緒にランチに行ってくれるような相手を知れば、それが「100%で好かれている」と明確でなくても安らげるはずです。

ふたりのつながりで重要なのは「好意を伝え合うコミュニケーションが取れているかどうか」であり、「向ける好意は0か100か」ではありません。

自分を振り返れば、その人に感じる好意は突然100%になったのではなく、接触や言葉のやり取りを重ねて少しずつ育っていったはず。

それなら相手も自分と等しく好意が大きくなるには時間がかかり、またそれぞれ身を置く現実が違うのであれば、育つペースも変わってきます。

恋愛に集中できる環境かそうでないかも好意の伸び具合に影響することは確実で、忙しいときに好きな人にメッセージを送る心の余裕がない自分なら、相手だって等しくそうである可能性を忘れてはいけません。

「いま」自分は100%だから相手も同じであってほしい、は自分の事情でしかなく、相手がそれに沿えないことは当然にあります。

「同じでないならいらない」と極端に関係を決めようとする自分が相手にどう思われるか、「待ってもらえない」「自由でいられない」恋愛を相手がどう受け止めるか、想像すれば一方的に答えを迫るのがどれほど悪い手なのかがわかります。

自分と同じように相手にもペースがあり、それを尊重するのがあたたかい愛情を築いていく基本の姿勢です。

今ふたりはどんな関わり方をしているか、気持ちが安らぐコミュニケーションは取れているか、注目するのは「0か100か」ではなく居心地のよさだと筆者は考えます。

「愛されたい」のは相手も同じ

有りか無しかの極端な白黒思考になるのは、ふたりの関係の「正解」に愛される自分を持ってくるから。

しかし、相手も自分と同じように愛されたいと思うのは自然であり、それは居心地のいいつながりを築けているからこそ生まれるものです。

「愛されたいのはお互いさま」と思えば、「100%で好きか、そうでないなら関わるな」のような強い拒絶が前に出る関係がどれほど窮屈か、相手を苦しめるかが想像できるはずです。

たとえ相手の向けてくれる好意が70%だとしても、そこを突き詰めて自分と同じでないことを責めるのではなく、「自分は相手をどう思っているのか」を忘れないことでリラックスしたつながりを続けられます。

自分の状態を相手任せにするとそれが相手には負担やプレッシャーとなり、幸せな交際をイメージできません。

相手も自分と等しく「愛されたい」と思うもの、それなら居心地のよさを受け取ってもらえる時間を考えるほうが、健全に愛情を育てたい自分を伝えられます。

好意を知られるのを恐れるのではなく、「あなたと一緒にいられて幸せ」と見せていくことで、相手もまた「同じ」だと伝えたくなるはず。

ふたりの関係に誠実でありたいと思う人なら、こちらの「愛されたい」もきちんと受け止め、楽しいコミュニケーションを考えてくれるのではないでしょうか。

白黒思考ではなく「グレーでいい」と思える心が誠意になる

恋愛に限らず、どんな関係であってもお互いの真意や本心を知ることは難しく、いちいち確認することそのものが負担になるときもあります。

100%の好意でない、きっぱりとしないグレーでも、その人と楽しいコミュニケーションを重ねていけるのであれば、それが「正解」と筆者は思います。

強い関心を向ける人にほど白黒思考に陥りやすいものです。それは「愛されたい」気持ちが大きいからですが、幸せな関係を築きたいのであれば「自分は相手をどう思っているか」を中心にするのが依存を避ける姿勢です。

グレーゾーンだからこそできるやり取りは確実にあり、それは価値観の確認であったり小さな悩みの相談であったり、向ける気持ちのベースに好意があれば、その状態でお互いのことを知っていけます。

「グレーでもいいのだ」と思える心の余裕が、相手も自分も同じ目線で見ることを可能にします。

曖昧ななかで答えを焦らず、「今のふたり」のつながりに尽くしていこうとするのが誠意です。

その自分を見れば相手も同じように心を開くことができ、一緒に好意を育てていけます。

「0か100か」の白黒思考は好きな人だからこそそうなる、と思えば、自分が抱える感情をまずはしっかりとコントロールすることを意識するのが自分のためです。

恋愛はひとりではできないもので、好きな人とうまくいっているのならなおさら、その関係を大事にする姿勢が幸せなふたりを作ります。

お互いを尊重できる心のつながりを目指したいですね。

(mimot.(ミモット)/ 弘田 香)

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