「まったく違う食べ物だと思ってくれた方がいい!?」うなぎのかば焼き 関東風と関西風の“境界線”は浜名湖にあり!

7月30日は土用の丑の日。うなぎが食べたくなる季節です。その代表的な食べ方といえば、うなぎのかば焼き。同じ食材でも、ふっくら柔らかな食感の関東風とジューシーで食べ応え十分の関西風、ふたつの調理方法があるというのも大きな特徴です。

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では、この関東風と関西風、味の境界線は存在するのでしょうか。調べてみると、どうやら、国内屈指の養殖ウナギの産地・浜名湖と深い関係があるというのです。

この季節になると食べたくなるうなぎ

“関東”と“関西”が混在するうなぎの街

東京と大阪のちょうど中間に位置する浜松市。古くから東海道を介して、東西の文化が入り混じる地域です。ウナギ養殖で有名な浜名湖を抱え、市内には80軒以上のうなぎ料理専門店がありますが、関東風と関西風の両方の店も混在するという全国でも珍しい地域です。

では、その割合はどうか。関東風を扱う店61%に対し、関西風を出す店は39%と拮抗していて(SBS調べ)、これが他の地域ではない食文化を生み出しているのです。

「実はまったく違う食べ物だと思ってくれた方がいい」

浜松市東区のうなぎ料理専門店「炭火焼 うなぎの松葉」の加藤三晴さんは、関東風と関西風の違いをこう評します。

最大の違いは、その調理方法。背中に包丁を入れる「背開き」の関東風に対し、関西風は「腹開き」です。焼き方も、関東では白焼きにしてから一度蒸し、仕上げはたれをつけて焼き上げます。これがふっくらとした食感を生み出します。一方、関西風は「直焼き」。しっかり焼くことで、皮はパリッと、身はジューシーさが際立ちます。

「うちのうなぎはハイブリッド」

「うちのうなぎはハイブリッド」と語る加藤さん。店は関東風をうたい、土用の丑の書き入れ時には、1日に約100㎏ものウナギを調理し、客に提供するそうですが、こちらのうなぎのかば焼きはひと味違います。

さばきは背開きですが、蒸しは10分程度。じっくり蒸しあげる関東風のそれとは少し違います。「蒸しの時間を短くし、その分しっかり焼くことでジューシーさが出せる」(加藤さん)。関東風と関西風のそれぞれのよさの“いいとこどり”で、多くの人をとりこにしています。

かつて 江戸も「腹開き」だった⁉

そもそも、ひとつの食材でなぜこうも、調理法が異なるのでしょうか。古い文献をひも解くと、興味深い話が出てきました。かつては、江戸も「腹開き」だったというのです。

梅花女子大学の東四柳祥子教授(比較食文化論)によりますと「江戸時代中期までは、東京でも腹を切って頭も落とさず焼くという手法が一般的だった」といいます。

江戸は背開き、上方(大阪)は腹開きと分かれてきたのは、江戸末期。「武士が多かった江戸では『切腹を連想させる腹開きは縁起が悪い』から背開き、一方、上方は『腹を割って』商売するのがよいされ、腹開き」といった説がまことしやかに語られていますが、これを具体的に記した文献は見当たらないといいます。

蒸したのはおいしさの追求

そのうえで、東四柳教授は「日本人はジンクスが好きで、食べ方や食材に意味を求めている。うなぎの食べ方もそれに当てはめているのではないか」と分析します。

調理方法にも、地域性が色濃く出ています。例えば、関東風の蒸し。かつて、蒸しは“愚劣”と考えられていたのです。ところが、江戸末期から明治初期にかけて、庶民がお堀に生息し、川に下りてきたウナギを捕まえて食べたところ、硬かったことから、焼きに加え、さらに蒸しを入れ、身が柔らかい江戸前のウナギに近づけたことで、定番化したというのです。

「うなぎを蒸したのは、まさにおいしさの追求。古いものを守り、合理的なものを好む関西と異なり、伝統的な手法ではなく、新しいものを求めようとするのは、江戸らしい」(東四柳教授)

浜名湖西岸のまちはどっち派?

ところで、東西の食文化が混在する浜松の隣まちはどうか。浜名湖でのウナギ養殖発祥の地・静岡県湖西市。愛知との県境の街のうなぎ店は、どちらのうなぎを出しているのでしょうか。

市のホームページでは、「うなぎの蒲焼き中間地点」とPR。こちらも、関東風と関西風の店が混在するとなっていますが、よくよく調べていくと、「蒸しなし」の店が目立ちます。

どうやら、浜名湖の東岸は関東風優勢、片や西岸は関西風が軸…すなわち、浜名湖に、うなぎのかば焼きの境界線が存在することが明らかとなりました。

“味の境界線”は浜名湖だけではなかった!

実はこの“境界線”、静岡だけに存在するものではないようです。浜名湖から北へ約160キロの長野・諏訪湖。東岸の諏訪市は関東風、一方、西岸の岡谷市は「直焼き」。ここでも、湖を挟んで味が異なります。

「岡谷のうなぎは背開きで、直焼き。“岡谷流”だと人もいる」

長野県岡谷市で「うなぎの館天龍」を営む今野利明さんは、岡谷の食べ方は、ほかにはないといいます。

岡谷では、江戸時代から昭和にかけて、諏訪湖や天竜川に生息する天然ウナギを獲り、自宅でさばき、食べる文化がありました。背開きなのは、その名残。腹開きよりさばきやすく、ウナギの肝を傷つけずに済むことから、そうしていたのだといいます。そして、そのまま焼く。まさに家庭でのやり方が脈々と受け継がれてきたのです。

現在、市内に17店舗あるうなぎ専門店はみな、“背開き・直焼き”。「この食文化を守ることがわたしたちの使命」と今野さんは胸を張ります。

古代の頃から愛されてきたウナギ。東京、大阪、岡谷、そして、浜松。所変われば、味変わる。うなぎのかば焼きは、まさにこの国の食文化を映す鏡といえます。いまやすっかり高根の花となったうなぎですが、年に一度は食べておきたい、そう思わせてくれる日本の味です。

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