「伝統を心に」「持ち味出したい」いざ12kmの海へ 静岡商4人で挑む初島・熱海間団体競泳【前編】

相模灘に浮かぶ初島(静岡県熱海市)から熱海サンビーチまでの12kmの海を3人で泳ぐ「初島・熱海間団体競泳大会」が2023年8月4日、開催されます。戦後の1948年(昭和23年)に第1回大会が始まって以来、76回を数えるこの大会。小学生から社会人まで25チームが出場し、3人1組で12kmを泳ぎます。この大会に2012年から出場を続けている静岡県の高校生チームがあります。静岡県立静岡商業高校水泳部です。地元では親しみを込めて「静商(せいしょう)」と呼ばれる静岡商業高校。水泳部は県中部の強豪の1つです。

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静商水泳部でこの大会に出場するのは3年生。これは静商の“不文律”です。2023年は芝原帆香選手、赤堀冴壱我選手、高橋未季歩選手が泳者で、サポート船には3年生マネージャーの朝比奈碧さんが乗り込みます。水泳には「オープンウォータースイミング」といって、海や湖など自然の中を泳ぐ競技もありますが、静商の3人はオープンウォーターの選手ではありません。しかもプールで行われる種目で最も距離の長い種目は男子が1500m、女子が800mです。3人にとって8月4日の遠泳は “未知なる海”、距離12kmの “果てしない海”です。また8月17日からは北海道で開催される全国高校総体(インターハイ)も控えていて、赤堀選手が男子200m平泳ぎに、芝原選手と高橋選手が4×200mフリーリレーに、さらに高橋選手は4×100mメドレーリレーに出場します。それぞれがどのように心に折り合いをつけて、チームとしてどのような戦略で臨もうとしているのでしょうか。大会を前に17歳の4人の胸の内を聞きました。

■仲間の絆を支えに「やるしかない!」

「遠泳はめちゃめちゃプレッシャーですね」。そう語るのは高橋未季歩選手(島田市出身)。高橋選手は自由形とバタフライの短距離種目(50m、100m)を得意とするスプリンターです。そのため遠泳の12kmについては「海で泳ぐのが初めてで、しかも暗い海で長い距離を泳ぐ…。1日練習で10kmくらい泳ぎますがそれ以上ですよね。長い距離が本当に苦手で不安の方が大きいです。赤堀君と芝原さんの2人がとても体力があってすごい選手なので、自分が足を引っ張らなければいいなって。根性でなんとかなればいいなって思いますね」と不安を隠しません。

その高橋選手を奮い立たせているものが2つあります。その1つは遠泳が静商水泳部の「伝統」であることです。「3年生が出るのは伝統なので『3人しかいない』と覚悟はしましたね。そして前回(2022年)5位に入った先輩たちが最後まで力強く泳いでいて、ラストも海から上がってきた時に満面の笑顔だったので『すごいなぁ』って。12kmを泳いでも最後は笑顔でゴールする姿は心に響くものがありました。そんな風に先輩たちが代々出場して今までつないで来たことなので、来年にもつながるように泳ぎたいです」

もう1つは、信頼する同級生の存在です。「本当にみんなで支えあって3年間やってきたので、そこは自慢できるところかなって思っています。この仲間がいれば大丈夫かなって。その気持ちだけで頑張ろうという気持ちになれます。同級生の芝原さんと赤堀君の選手2人とマネージャーの朝比奈さんは本当に強くて尊敬しています。海で泳ぐのは初めて、12 km泳ぐのも初めて、何もかも初めてなので、自分のできることを出し切って、みんなで頑張って、できればいいタイム、いい泳ぎができればいいなって思います。いい人生経験になると思うのでもう『やるしかない』です!」

■長距離選手&キャプテン「今こそ力を発揮」

「去年の先輩たちの泳ぎはいまもはっきり覚えています。遠くの方から笛の音が聞こえて、海の中を泳いでくるから波とかがあって進まなかったとは思うんですけど、泳ぎ切った後もみんな結構スッキリした顔をしていたんで『すごいな』と思いました。それを見て『来年楽しみだな』と思った自分がいます」。芝原帆香選手(静岡市出身)はチームキャプテン。女子では最も長い800m自由形など長距離の種目を得意としています。「楽しみ」と目を輝かせるのは自分の持ち味を発揮できる場だという気持ちからです。

「やっぱり長距離をやってきたからこそ『すごいな』って。遠泳では今までの努力が少しでも発揮できたらなと思いますし、『やってきたかいがあったな』って思えるくらい強い泳ぎをしたいと思います。海底が怖いとか暗いとか、先輩たちも『クラゲがいた』とか言っていて怖いなと思うんですけど、やってみたいという挑戦の気持ちの方が大きいです。それに12km泳ぎ切ったらどこに行っても胸を張って『泳ぎ切りました!』って言えます。自信がついて強くなった自分がいるんじゃないかと思います」

キャプテンとして日々、チームをポジティブな雰囲気にすることに努めてきたという芝原選手。3年生の持ち味は“少ないが故のまとまり”で、その仲間と一緒に泳げることもモチベーションになっています。

「一緒にいる時間が長かったので性格も理解しているし、団結力はあるかなと思います。未季歩(高橋選手)は自分から『ファイト』と言って盛り上げてくれるし、冴壱我(赤堀選手)は不安な時に『大丈夫だよ』とプラスになる言葉をかけてくれる。普段は1人1人タイムを追求しなきゃいけないですし、みんなで一緒に力を合わせ泳ぐってことがなかったので、初めてこのみんなと一緒に泳げるのはうれしいですね。碧(マネージャー)も含めて4人で『苦しかったけど楽しかった』って言えるように頑張ります」

■遠泳が生む「達成感」と「チームの一体感」

静商水泳部をけん引するのが平岡茂コーチ(66)です。2023年3月まで母校静商水泳部の顧問を務め、いまは外部コーチとして選手たちと向き合います。県内の高校で水泳の指導者を務める傍ら、遠泳との関わりも深く、1985年に伊東商業高校(現・伊豆伊東高校)チームとして初出場、94年から静岡市立商業高校(現・駿河総合高校)チームを率いて4連覇と華々しい成績を挙げてきました。母校での遠泳出場は2012年からで最高は2位。必ず上位に食い込んでいます。プールではなく海に挑むこと。その意義について名伯楽は、遠泳が「ほかでは得られない達成感」と「チームの一体感」をもたらしてくれるからと言い切ります。

「当然水泳部としてインターハイ出場を目指していますけれども、『それだけではなく、記録や結果にとらわれずに違うこともやってみたい』という気持ちもありました。伊東商業時代はすぐ近くが海で、遠泳大会があると聞いて『出て見ようか』と割と簡単な理由から出場しましたが、泳ぎ切った生徒の表情はとても生き生きしていました。『やればできる』と実感したそうです。12kmはとても長くて、熱海のゴール地点(熱海サンビーチ)に行ってもらえば分かりますが、はるか向こうに彼らが泳いでいるのがポツンと見えるんですよ。まして海を泳ぐことは日常ないことです。その距離を泳ぎ切ることで生まれる達成感は、ほかでは経験できない“人生の宝物”になります。そういうことから今も継続しています。インターハイの記録だけではなく、インターハイに行けない選手も含めて、『やりました』という達成感を味わってもらいたいなっていうのが1つありますよね」

静商でこの大会に出場するのは3年生。それは「部活動の節目」という意味とともに、3年生の頑張りが、選手同士だけでなく保護者やOB・OGも含めた一体感を生むからと平岡コーチは強調します。

「8月にインターハイは控えていますが、3年生は高校総体の東海大会が終われば本格的に進路を決めていく時期になります。部活動の節目として『3年生がまとまって出るのが一番いいかな』と考え、遠泳は3年生が出場することにしてきました。3年生のまとまりと横のつながりはいつも意識してきたことです。ですからどのように泳ぐかといった戦略は3年生に任せています。潮の流れを読む、波はどうか、3人がどのような隊列で泳ぐかもチームワークです。そうやって3年生が1つの目標に向かって団結する姿は今後のチームづくりで後輩たちの手本になります。そして保護者の方たちもいつも『ぜひ』にと遠泳の応援に来てくださいます。これは選手の親との会話の機会にもなります。チームの会話、コミュニケーション、いろんなことで役に立っていると感じています。多くの声援もがありますから今回は『4人一緒に頑張る』ことが本当に大切だと思っています」■(後編へ)

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