オタクには負のイメージ?無意識の偏見が阻む「自分らしさ」 資生堂が5千例を集め特設サイトに公開

「アンコンシャス・バイアス」をテーマにした授業を受けるドルトン東京学園の生徒ら=6月、東京都調布市

 「日本人は真面目でつまらない」「痩せている方が美しい」「A型だからきちょうめん」。人に対するこうした見方や価値観を耳にすることはないだろうか。性別や年齢、国籍などに基づく決めつけは、「アンコンシャス・バイアス(無意識の思い込みや偏見)」と呼ばれる。知らないうちに人を傷つけてしまったり、自分らしく生きるのを難しくしたりして、社会の多様性を阻む一因となっている。

 資生堂がアンコンシャス・バイアスの体験をオンラインで調査し、日米欧や中国など世界10カ国から5千例の証言を集めたところ、日本では「学歴」や「趣味」に関するバイアスが上位になった。ゲームや漫画は趣味として今や世界的に人気だが、かつての「オタク」という言葉には負のイメージがつきまとっていた。資生堂の担当者は「自分の『好き』が話せない状況は不幸なこと。自己肯定感が低いといわれる日本人の状況はこのようなところに原因があるのかもしれない」と話す。(共同通信=清水千景)

 ▽外見や健康など九つにバイアスを分類
 資生堂が世界88カ国で手がけるブランド「SHISEIDO」は持続可能な開発目標(SDGs)の一環として、2022年9月から思い込みなどにとらわれず「自分らしい美しさ」について考えるプロジェクトを展開している。

 世界中に存在する偏見を知り、議論し、行動を起こすことで、全ての人が多様な価値観を尊重し合い、生き生きと美しい「ありたい自分」に向かうことができる社会の創出を目指すのが目的だ。

 世界10カ国・地域で集められた証言はインターネット上の特設サイト「SEE,SAY,DO.」で公開中だ。バイアスは「外見」や「健康」「人種」「ジェンダー」など九つに分類されて可視化されている。

アンコンシャス・バイアスの証言を公開するSHISEIDOの特設サイト

 ▽海外は「性的指向」や「性自認」のバイアスが上位に
 いくつかの訴えを紹介しよう。
 オーストラリアの60歳男性が語ったのは、障がい者の自分に向けられたバイアスだ。

 「私は障がい者なので、軽蔑されたり、他の人とは違った扱いを受けたりします。結婚式に出席した際、会場には階段があり、私は自力で上ることができませんでした。手を貸してもらって階段を上っているとき、じっと見られていました。私を見つめる様子から、その人たちが何を考えているのかが分かりました」

 男性は他人から注がれた視線を暴力的に感じ「もう私を見ないで」との思いを強くした。

 心の性と体の性が一致していないフランスの22歳女性は、異性を愛することを当然とする「ジェンダーバイアス」について次のように語った。

 「私が同性愛者だと家族に伝えたとき、両親は怒りました。母は泣き、父はその後何年も口をきいてくれませんでした。兄妹とは連絡を取り合っていましたが、今は私と距離を置いています。職場では、同僚に拒絶されるのが怖くて話していません。プライベートについて質問されたら、そのことには触れないという形でうそをつくか、意図的にうそをつきます」

 資生堂によると、社会に存在するバイアスは国による傾向があり、「体形・体重」は多くの国に共通して高いものの、ドイツやイタリアでは上位に入っていない。「性的指向」や「性自認」「肌の色」は日本では上位に入らないが、他の多くの国では高くなっている。国の歴史や文化的背景も人の価値観に影響を与えていることが分かる。

世界10カ国・地域の特徴的なバイアス(SHISEIDOのプログラム資料より)

 ▽「人と比較しない」授業での気づき
 バイアスによる「決めつけ」は学校や職場だけでなく、さまざまな場面に存在する。広告などの企業活動で助長される懸念もある。資生堂は企業や団体を対象に、議論を通じて「無意識の偏見」に気付き、それに対してどう配慮できるかを考えるプログラムを始めた。2023年4月からは学生向けに教材を無料で提供し、どうしたら自分らしく生きられるのかを考えてもらうきっかけづくりを進めている。

 2023年6月上旬、中高一貫のドルトン東京学園(東京)の高校2年の24人を対象に、本心ではないのに周囲の意見に合わせたり、外見だけで判断されたりした経験がないかを問いかける授業が行われた。生徒らは「人と比較するのをやめる」「相手と同化しすぎない事が大事」「没頭できることを持っていると他人の目が気にならなくなるかもしれない」などと声を上げた。

自らの経験をグループで共有するドルトン東京学園の生徒ら=6月、東京都調布市

 ▽「ありたい自分に向かって進んで」
 教材は、小中高などの先生が利用するオンラインサービス「SENSEIノート」を開発・運営するARROWSと共同で開発。約50分の授業時間を前半と後半に分け、「無意識の偏見や思い込み」に「気づく」「考える」といった2部構成になっている。全国の中高生約600人を対象としたアンケート結果などを参考に、どうすれば他人や自分に配慮した行動ができるかを対話形式で学べるようにした。

 授業後に取材に応じた松田晃宙さん(16)は「爬虫類が好きだけど、周りから変って思われないように表には出さなくなった。でも、自分の個性をつぶさないようにしたい」と話した。

 教材を採用したドルトン東京学園の大畑方人教諭は「交流サイト(SNS)の発達もあり、今の中高生は昔以上に他人の目を気にしながら生きている。他者に対する想像力を豊かにし、尊重し合える人間になってほしい」と強調した。

 無料教材を活用した授業は、2023年度末までに全国で1万人以上が参加する予定だ。

 資生堂の担当者は「子どもの心は無防備で、周囲の言葉によって生まれた価値観は大人になっても残る。多感な時期を迎える学生がありたい自分に向かって進んでいくために役立ってほしい」と期待を込めた。

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