「新入生は入信させやすい」カルトに狙われ続けるキャンパス、大学が対応に苦慮する事情 銃撃事件1年、全国65校にアンケート

仏教系新宗教が大学生の勧誘に使っていたマニュアル

 安倍晋三元首相が銃撃された事件を契機に、世界平和統一家庭連合(旧統一教会)をカルトと捉える見方が強まり、カルト宗教の実態に社会の注目が集まった。正体を隠して勧誘活動を行うカルトにとって、信者獲得の重要な草刈り場となっているのが大学だ。
 大学でのカルト対策や勧誘の現状や実態はどうなっているのか。共同通信は、事件から1年を契機に、学生数1万人以上の全国65大学を対象にしたアンケートを実施した。浮かび上がったのは、実効性の乏しさを自覚しながらも対策に取り組む大学、そして知らぬ間に学生に忍び寄るカルト宗教の影だった。(共同通信大阪社会部「大学カルト問題」取材班)

旧統一教会本部が入るビルに付けられた「世界平和統一家庭連合」の文字=東京都渋谷区

 ▽「把握困難」38校
 アンケートは今年6月に実施。65校中、50校が回答した。
 まず、銃撃事件以降でカルト宗教への対策を強化したかどうかを尋ねた。
 回答は、「強化した」が28校、「強化していない」が22校だった。ただ、「強化していない」のうち、複数の大学では事件前から対策に注力していた。
 「強化した」と答えた28校に対策の具体例を複数回答可で尋ねると、次のような結果になった。
 掲示物の張り出し 16校
 注意喚起のパンフレット配布 14校
 学生向けの講義 12校
 学内の見回り強化 11校
 注意喚起のビデオ上映 6校
 他にも新入生向けガイダンスでの注意喚起や、警察と情報共有をしているとの回答があった。
 次に、カルト宗教の勧誘実態を把握できているかどうかを尋ねた。結果は下記の通りだ。
 把握できている 1校
 おおむね把握できている 11校
 一部しか把握できていない 29校
 把握できていない 9校
 「できていない」「一部しかできていない」を合わせると8割近くを占めた。
 ある大学は「(勧誘に対する)防衛策を講じるのは難しい」と記述。社会がカルト宗教に厳しい目を向ける中、効果的な対策を打ち出せていない状況に歯がゆさがにじむ。
 かつてカルトの勧誘は、声かけやサークルを装う手口が主流だったが、近年はSNS経由の接触が増加。活動が潜在化し、大学側が動きを捉えにくくなったことが背景にあるようだ。
 旧統一教会についても聞くと、事件後、10校で学生や教職員から旧統一教会に関する相談が寄せられていた。20校が、これまでに旧統一教会やその学生組織「原理研究会(CARP)」の活動を確認したと回答した。

 ▽信教の自由
 アンケート結果からは、大学で依然としてカルトがはびこっている状況がうかがえる。ただ、大学側も手をこまねいているだけではない。
 大阪大学はカルトの勧誘例を物語風に紹介していた動画を作成し、2017年から順次公開している。中には5万回以上再生されたものもある。対策を担う大阪大の太刀掛(たちかけ)俊之教授はこう推測する。
 「安倍元首相の事件後に、動画を紹介させてほしいと他の大学から問い合わせがあった。カルト宗教への意識が高まったのだろう」
 一方で、大学側が踏み込んだ対策を取れない事情もある。
 「学生からの相談がなければ動けない」
 ある国公立大の担当者はそう打ち明ける。勧誘実態の把握があいまいなまま踏み込めば、学生の自由な信仰を妨げるおそれがあるからだ。
 「学生が2世信者だった場合、親に報告して信教の自由を侵害していると訴訟を起こされる可能性がある」
 各大学の回答では、憲法20条で保障された「信教の自由」との兼ね合いに苦慮する声が多く挙がった。
 「注意喚起は行っているが、具体的な団体名を出したり、宗教を否定したりするような表現はとれないため、学生に伝わりにくくなってしまう」
 「法律的に反社会的な団体とみなされていないものまで規制するのは、憲法で認められている信教の自由に反する行為とみなされる可能性もあり、慎重な対応が必要」などだ。
 「チラシのような証拠がなく、カルト宗教かどうか特定できない」(中京大)といった課題もあり、対応は後手に回りがちだ。

大阪大が作成したカルト宗教の勧誘例を紹介する動画(大阪大学公式ユーチューブチャンネルから)

 ▽ターゲットは新入生
 ところで、宗教団体はなぜ大学で勧誘するのか。理由を著書や講演で明らかにしてきたのが、戦後に始まった仏教系の新宗教に入信し、信者獲得の活動に励んだ瓜生崇さん(49)だ。現在は別の伝統仏教の僧侶をしながら、脱会支援に取り組んでいる。
 「新入生は一度にまとまった人数に声をかけることができ、他の学生とのつながりがまだ弱くて入信させやすい」
 瓜生さんはそう説明する。自身も大学受験の時に勧誘され、1993年から約12年間活動。説得文句や想定問答を記したマニュアルを共有し、古典や哲学の読解をうたう偽装サークルに勧誘した。瓜生さんは関わっていないが、大学周辺で学生が住みそうな空室を調べ、春に新入生が住み始めるタイミングで、郵便受けに偽装サークルのちらしを投げ込むというやり方もあったという。
 教団幹部となった瓜生さんは、宗教を批判するサイトが検索サイトに表示されないように工作活動をしたこともあった。インターネットなどで批判を目にするうちに、自身の宗教への不信感を抱き、脱退。正体を隠して学生を勧誘することに罪悪感はなかったのだろうか。
 「勧誘する側は『正しいことを多くの人に知ってほしい』と一生懸命。だましてやろうと思っているのではなく、まずは入って教えを知ってもらうために工夫を重ねた結果として、自分の宗教名を隠すという選択を取っている。入信してしまえば、自分が宗教にだまされたとは思わなくなる。勧誘する側を単純な『悪』『あちら側』と捉えてほしくない」
 最近は宗教だけでなく自己啓発などをかたって活動する新団体も増えているという。瓜生さんは「権威的な宗教や指導者に不幸な形で引き込まれないよう、人生に矛盾を感じ、悩みを深める人を社会全体で包み込んでいくことが重要だ」と訴えた。

カルト脱会支援に取り組む瓜生崇さん=7月19日、滋賀県東近江市

 ▽受験時から勧誘
 瓜生さんは2005年に脱退したが、その後はX(旧ツイッター)やインスタグラムなどのSNSが普及。現在はこうしたツールを使った勧誘が行われている。
 入試合格の喜びに浸る数多くの受験生が、旧ツイッターで大学名を挙げて合格を報告する。こうした投稿に返信したり、他者の目に触れず直接連絡できるDM(ダイレクトメッセージ)を使ったりすることで、入学前からサークルなどの勧誘が繰り広げられている。
 北海道大大学院の桜井義秀教授(宗教社会学)は指摘する。「もはや大学の対策だけで学生の勧誘を阻むのは限界だ」。入学時のオリエンテーションでの啓発だけでは効果が限られ、高校など早い段階でカルトの特徴や危険性を教える必要があると強調する。

瓜生崇さんが仏教系の宗教に入信していた際に使っていた勧誘マニュアル

 ▽コロナ禍で孤立
 新型コロナウイルス禍がカルト宗教への実態把握をさらに困難にさせたという指摘もある。
 文部科学省の調査によると、1回目の緊急事態宣言が出されていた2020年5月、全国の国立大の約9割が全面的なオンライン授業を実施。サークル活動も大幅に制限され、文科省が2022年に行ったインターネット調査では、部活動やサークルに充てる時間が「0時間」だった学生が69%に上った。
 国士舘大(東京)は、部活動やサークルの代表者に部員の状況把握や不審な個人・団体を通報するよう定期的に指導している。しかし近年は部活動の加入率が低下。コロナ禍が拍車を掛けたとみられ「学生が孤立化し、誘いを受けやすくなっているのではないか」(担当者)と懸念した。

瓜生崇さんが仏教系の宗教に入信していた際に使っていた勧誘マニュアル

 ▽ネットは巧妙化
 最後に、カルト問題に詳しい東北学院大の川島堅二教授(宗教学)に話を聞いた。
 ―カルトの勧誘はSNSに移行しています。
 「信者獲得を担うリクルーターはツイッターだけでなく、学生が外国語を学ぶマッチングサービスなどにも潜んでいて、インターネットを使った勧誘がより巧妙になっています」
 ―カルトはなぜ危険なのですか。
 「カルト宗教は外部の人間関係を徐々に断たせ、教団の世界観を植え付けていきます。社会人生活に備える学生の大切な時間を搾取する点でも問題です。日常のイベントや夏の合宿などを通じ関係を深め、時間が経過するほど脱却が困難になります」
 ―大学が取るべき対策は。
 「大学側が実態を捕捉できていないのが現実ですが、オリエンテーションなどでカルト宗教の勧誘手法を新入生に具体的に伝える取り組みは今後も重要です」
 (取材・執筆は、小島鷹之、野沢拓矢、中田祐恵、小林知史が担当しました)

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