アメリカ出身の絵師が描く「日本の妖怪」に大反響 英、仏、西、伊…次々に翻訳 尽きない魅力「柴田勝家の亡霊」も

マット・マイヤーさんの作品「Nekomata」

 Kappa(河童)にNekomata(猫又)、Byakko(白虎)―。米国出身で、日本在住の妖怪絵師マット・マイヤーさん(40)が英語解説付きの自筆イラストで紹介するもののけたちが、世界で注目を集めている。古文書などの資料を調べ抜いた文章と、伝承の舞台を忠実に再現した浮世絵スタイルの画風が魅力だ。これまで500種類以上の妖怪を描き、まとめた図鑑は4冊。フランス語、スペイン語、イタリア語でも出版され、累計2万冊売れ、5冊目の図鑑発刊に向け精力的に作品作りに取り組む。作品はマイヤーさんのウェブサイトの他、福井県文書館でも楽しめる。酷暑の夏、アメリカ生まれながら日本の妖怪に「とりつかれた」マイヤーさんの作品で涼んでみてはどうだろう。(共同通信=西野開)

作品の魅力を語るマット・マイヤーさん=6月23日、福井市

 ▽The Night Parade of One Hundred Demons(百鬼夜行)を刊行
 マイヤーさんは、米・ニュージャージー州出身。美術大学在学中に浮世絵など日本の美術に関心を持ち、2004年に初めて来日し、金沢市に1カ月間滞在した。子どもたちが歌舞伎を演じる地元のまつりに参加した際、真っ白の背景に、隈取りした顔をわずか4本の筆の線で描いたポスターに目を奪われた。「日本のアートはシンプルだけどインパクトがある」。日本文化に一層魅力を感じるようになった。大学卒業後、07年から英語教師として福井県越前市へ移住。09年には、アーティストとして活動を始め、米国の風景を浮世絵風に描いたり、テレビゲームのイラスト制作の依頼を受けたりした。
 初めて妖怪を題材にしたのは09年10月。ハロウィーンで「日本のモンスターを紹介しよう」と『画図百鬼夜行』など妖怪画で有名な浮世絵師鳥山石燕(1712年~1788年)をはじめ、江戸時代の妖怪に関する絵巻を読み込んだ。詳細なリサーチを踏まえ、自身のブログで1日1枚、妖怪の絵を英語の解説とともに掲載したところ、海外から100件を超えるコメントが付いた。
 翌年も同じようにブログで載せると、コメントはさらに増えた。英語で妖怪を取り上げた媒体は珍しく、「日本に関心のある外国人らも知りたいのだろう」と手応えを感じた。「本にしてほしい」との声に押され、12年に100種類以上の妖怪を絵と英文で紹介した初の図鑑『The Night Parade of One Hundred Demons』(百鬼夜行)を発刊した。予想以上の売れ行きで、その後も約100種類ごとにまとめ、次々と図鑑を刊行。2015年からは「Yokai.com」というサイトで図鑑と同様の妖怪を紹介している。

マット・マイヤーさん(左)と長野栄俊さん=6月23日、福井県文書館

 ▽ネットや絵巻から着想、役所や博物館に足運び徹底調査
 作品はデジタルツールを使って描く。鉛筆で描いたスケッチをスキャン。液晶画面で1色ずつ重ね塗りし、浮世絵風の色合いを出す。仕上げに木目や和紙の画像を足し、質感を出すのがポイントだ。平安時代の伝承を題材にする際、当時の星図を調べて星空を描くなど、時代に忠実に再現する。インターネットや絵巻を見て、題材にする妖怪の着想を得るが、名称しか載っていないものも多い。そうした時は、その地域の役所や博物館に問い合わせ、資料や詳しい人物を紹介してもらう。
 無人の寺に旅の僧が泊まると、僧侶に化けた妖怪「蟹坊主」が現れ、問答を仕掛けるとの伝承を調べていたところ、『岩手の伝説』(1980年、金野静一、須知徳平)という書籍で、岩手県花泉町(現一関市)の「寛法寺」に現れ、住職に鉄扇で退治されたとの記載を見つけた。ただ、現在、一関市に寛法寺はない。岩手県立図書館に問い合わせると、正しくは約300年前になくなった「関峯寺」だったことが分かった。解説の中でたった一言触れる内容でも確認に手を抜かない。
 「本に書かれた言葉や名称が違っていることもある。時代によって変化していくのがおもしろい」(マイヤーさん)

マット・マイヤーさんの作品「蛸女房」

 石川県には、おいしい出汁を作ってくれる妻が実はタコだったという「蛸女房」の伝承が残る。地元市役所に問い合わせた時、「情報はない」と言われたことも。あきらめずに自力で探し『加賀の昔話』(1979年)という書籍に、詳しい情報を見つけた。取りつかれると激しい空腹に襲われるという「餓鬼つき」の一種で、福岡県に伝わる「なえがつく」を取り上げた時は、「なえ」の由来は分からずじまいになった。方言と推測したが、ゆかりがある人にたどり着けず、心残りだという。
 こうした熱意の原動力は「消えてしまう妖怪を残したい」という思いだ。マイヤーさんを支える輪は世界中に広がり、出版した4冊の図鑑は中東やアフリカでも売れている。活動を支えるファンクラブ「パトロン」には約200人が加入。4冊目出版の際のクラウドファンディングでは約60万㌦(約8千万円以上)が集まった。

マット・マイヤーさんの作品「大火を煽る大法師」

 ▽「柴田勝家の亡霊」を描くまで 「妖怪を学ぶことは人間を学ぶこと」
 マイヤーさんが住む福井市の福井県文書館で今、描き下ろしの新作の展覧会が開かれている(8月23日まで)。マイヤーさんは昨年10月、文書館主任で疫病封じの妖怪「アマビエ」などの研究で知られる歴史学者長野栄俊さん(51)のトークイベントに参加。評判を聞いていた長野さんが、マイヤーさんにコラボを持ちかけ、展覧会開催が決まった。
 展覧会には、福井で江戸時代から明治初期に作成された地誌や随筆集から題材を採用した。「全国的に知られていない福井ならではの妖怪もあって興味深かった」とマイヤーさん。
 福井市の九十九橋では、戦国時代の武将柴田勝家が戦死した4月24日、勝家が馬に乗って駆けるため住民は恐れて出歩かないという逸話を基にした「柴田勝家の亡霊」、1669年の福井大火の際、煙の中で大きな法師がうちわをもってあちらこちらに火を付けているのを、当時の藩主が山の上から見たという話を基にした「大火を煽る大法師」などを制作。

マット・マイヤーさんの作品「柴田勝家の亡霊」

 「柴田勝家の亡霊」は文書館から江戸時代の絵図面や写真の提供を受け、資料を基に勝家の肖像画や家紋を詳細に表現した。「大火を煽る大法師」は、城下絵図を確認したうえで、今も残る山に登って福井のまちを見下ろし、イラストを仕上げた。
 6月末から始まった企画展には、子どもや若い女性が多く訪れている。コラボを持ちかけた長野さんは「コミカルで漫画のような作品から、浮世絵風でおどろおどろしい作品まで、いろいろなタッチがあるのが面白い。マイヤーさんのこだわりで、史実に近い作品になっている。イラストも文献も、両方とも楽しんでもらえたら」と話す。
 マイヤーさんにとって妖怪とは何だろうか。「なぜその時、その場所に出たのかという論理的な説明がないことが多く、想像力をかき立てられる」と語る。新型コロナウイルス感染症が流行し、江戸時代の「アマビエ」が注目された。「どの時代の人も同じように恐怖や希望を抱いている。妖怪を学ぶことは人間を学ぶこと」だという。今後、現在制作中の5冊目の図鑑に加え、福井県文書館の企画展も書籍化を目指す。「一つ調べると二つ、三つと妖怪が見つかり、ますます興味がわく」と尽きない意欲を示した。

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