30歳で抜てきされた商業高校の校長、進路指導に取り組み1年で国公立大合格者を輩出 「ここしか入学できなかった」自信をなくしていた生徒に教えた「挑戦を楽しむ」姿勢

30歳で福岡女子商業高校の校長に抜てきされた柴山翔太さん=6月12日、福岡県那珂川市

 定員割れに悩み、経営的に厳しい状況にあった福岡の私立女子高が、短期間で大きな変貌を遂げている。中心となっているのは、30歳で校長に抜てきされた柴山翔太さん(33)だ。国公立大を目指す生徒はほとんどいなかった中で、講師として赴任した1年目に小論文の課外授業に取り組み、20人が国公立大に合格。「創立以来の快挙」と周囲を驚かせた。

 校長就任以降は、生徒主導での学校PRなど次々と改革に取り組む。かつては学力に自信がなかったり、自己肯定感が低かったりする生徒が多く、停滞感があった学校の雰囲気も一変。柴山さんが掲げた「挑戦を、楽しむ。」のスローガン通り、生徒たちは目を輝かせて学校生活を送っている。(共同通信=河村紀子)

 ▽「思う存分やってほしい」期待が背中を押し
 「困ってるなーというのが最初の印象でした」。柴山さんは2020年春、福岡女子商業高校(福岡県那珂川市)に国語の講師として赴任した当時をこう振り返る。

 1950年に県立高の分校として開校した。1964年に旧那珂川町立福岡女子商業高校になり、2017年に私立に移管された。「地域では知られているが、県内では無名」(柴山さん)。入学者は定員の半分にも満たず、経営的に厳しい状況だった。

 そのため、やんちゃな子でも入学してもらうような状態。言うことを聞かない生徒と先生の追いかけっこは日常茶飯事だったといい、「家が近いから」「ここしか行ける所がなかった」と入学してくる生徒たちは、自信を失っているように見えた。

 柴山さんは前任校の神戸の私立高で小論文指導の経験を積み、国公立大に多くの生徒を進学させていた。福岡女子商業の状況を見て「可能性がある」と感じた。次の赴任先を探し、他の学校の面接を受けた時に「やりたいことがあっても、10年は我慢して」と言われたが、福岡女子商業からは「思う存分やっていい」と期待されたことも背中を押した。

柴山翔太さんが校長を務める福岡女子商業高校

 ▽「国公立大にだって行ける」小論文の課外講座を開始
 全国的に商業高校や女子高が少子化や志願者減少の影響を受けている。学校側にも危機感はあり、商業高校でも進学できることを強みにしようと考えていた。柴山さんは赴任後、進路指導に早速取りかかった。

 だが、生徒の反応は鈍かった。「行こうと思えば、国公立大にだって行ける」と話しても「女子商のこと知らないで来ちゃったんだね」と生徒に言われ、同僚からも「前任校とは違いますよ」とやんわり諭された。

 それでも、高卒と大卒では賃金差が実在すること、家計が苦しくても修学支援制度があることを含め根気強く説明。「興味があったら、来てみて」と小論文の課外講座への参加を呼びかけたところ、高校3年生の30人ほどが集まった。

 ▽やる気を引き出す「小論文ノート」

小論文の授業で教える柴山翔太さん

 小論文講座は2020年5月から始まった。大学入試の過去問を使い、文章中に出てくるキーワードや、取り上げられているテーマを解説し、実際に書いてもらう。文章を書くテクニック論は最小限。「この問題ならこう書く、という型にはめると、生徒は飽きてしまう」との考えからだ。

 最も重視するのは「生徒の知的好奇心を引き出すこと」と話す。添削する際も、一人一人と「どうしてこう考えたの」「この資料はどこから引用したの」とやりとりを重ね「やればできるかも」という思いを持ってもらうようにした。

 「生徒たちのやる気は、なんぼでも引っ張りようがある」と柴山さんが見せてくれたのは、小論文講座を受けた生徒たちが半年間で作った「小論文ノート」だ。

 消費税の軽減税率、SDGs、人口減少…。取り上げるテーマも、まとめ方もそれぞれ。新聞記事を貼ったり、自分の考えを書いたりしたルーズリーフをまとめたファイルは分厚く、ずっしり重い。講座で気になった言葉や分からないことをまとめ、知識を自分のものにしていく。

 半年間で小論文を書く経験を積み、知識や自分なりの考えを蓄えた生徒たちの姿は、当初とは見違えた。小論文講座1年目、前年度0人だった国公立大の合格者は20人。「奇跡」「快挙」と注目を集めた。

生徒が作成した小論文ノート

 ▽「君が校長をやったら」理事長の思いがけない言葉
 ちょうどその頃、柴山さんのことを理解し、取り組みを後押ししてくれた校長が交代すると耳にした。「もっと一緒に学校を変えたい」という思いが強かった柴山さんは、福岡女子商業の理事長に直談判した。

 学校をこう変えていきたいというビジョンがあること、校長のリーダーシップが重要だということ…。4時間に及ぶ話し合いの末、理事長から思いがけない言葉が飛び出した。

 「それだけ言うなら、君が校長をやったらどうですか」

 教員経験しかない自分が、30歳で校長になる。柴山さんは即答できず、悩みに悩んだ。校外の知人に相談すると、背中を押す言葉をくれた。同僚も「やるしかないじゃん」「支えるけん」と応援してくれた。何より、生徒に挑戦を求めている自分が、挑戦をしない選択肢はないと腹をくくった。全日制高校では史上最年少の校長になった。

 ▽TikTokで学校をPR、制服も一新
 今年で校長になって3年目。予算など、普通の教員なら触れなかったことに頭を巡らせ、責任の重さも痛感するが「校長がやる気になれば、たいていのことは実現できる」と笑う。

 その言葉通り、次々と新しいことに取り組んできた。生徒を集めるために学校を宣伝したいが、十分な予算はない。考えついたのは、生徒によるPRだった。生徒も教員も楽しそうに登場する動画を作成し、動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」に掲載した。中には850万回再生を超えるものもある。今は正式な部活動「キカクブ」として学校パンフレットの作成も担う。

 生徒の声が反映されることも多く、その一例が制服だ。1人の生徒が校長室に駆け込み「制服が変わったら、女子商の人気がもっと出ると思うんです」と熱弁した。柴山さんはその生徒を責任者に任命し、プロジェクトチームを結成。メーカー側とのやりとりを重ね、新しい制服を決めた。

福岡女子商業高校長の柴山翔太さん

 ▽学校は「失敗していい場所」
 柴山さんが福岡女子商業に赴任して4年目。入学希望者も増え、2020年度に95人だった新入生は2023年度は217人になった。小論文講座を受ける生徒も今年は約50人と増えているという。

 今、柴山さんが大切にしているのは社会とのつながりだ。企業とのコラボレーションや、第一線で活躍する起業家などの講演を積極的に実施する。「高校生の時に、社会との距離を知ってほしい」と思うからだ。

 数年前、ある生徒が「ユーチューバーになりたい」と相談してきた。自分は面白いという自信があり、卒業後はユーチューバーとして生きていくと宣言した生徒に柴山さんが提案したのは「夏休みにやってみたら?」。生徒は実際、夏休みの3週間で活動してみたがチャンネル登録者数は伸びず、「大学に行きます」と方針転換した。

 この生徒は「ユーチューバーがどれだけすごいか分かった」とも語っていたといい、柴山さんは「これが社会との距離を知るということ。自分は生徒たちに『どんどん失敗したらいい。学校は失敗していい場所だよ』と伝えている」と話す。

福岡女子商業高の生徒が柴山翔太さんに送ったメッセージ

 ▽「挑戦を、楽しむ。」変わった雰囲気
 挑戦と失敗を肯定する校長の下、生徒たちは「挑戦したいから」と福岡女子商業を選び、ことあるごとに「挑戦」という言葉を口にする。かつては「うちに生徒が集まるわけない」とネガティブな教員もいたが、今は全員が意欲を持って学校に関わる。

 現在も、生徒主導で複数のプロジェクトが動く中で「学校の雰囲気は大きく変わった」と自負する。柴山さんも新たなアイデアを温めているといい、「挑戦を、楽しむ。」学校は、まだまだ進化していきそうだ。

「挑戦を、楽しむ。」のスローガンを掲げる柴山翔太さん

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