今夏のマーケットで上田綺世がフェイエノールトに、小川航基がNECナイメーヘンへと移籍。オランダ・エールディヴィジに二人の日本人FWが渡っていった。
それに合わせ、今回は「オランダリーグに挑戦した日本人FW」を6選手ご紹介しよう。
ハーフナー・マイク
オランダでプレーしたクラブ:フィテッセ、ADOデン・ハーグ
日本でプレーしたシーズン:2012~2014、2015~2017
オランダで挑戦を行った日本人ストライカーのなかで最も実績を持っている選手といえば、それはハーフナー・マイクにほかならない。
ヴァンフォーレ甲府から2012年1月にフィテッセへと移籍し、後にマンチェスター・シティへ移籍するコートジボワール代表FWウィルフリード・ボニーとともに強力な前線を構築した。さらにスペインとフィンランドを経てADOデン・ハーグへと移籍し、2シーズンで25ゴールを決めるなど活躍を見せている。
平山相太
オランダでプレーしたクラブ:ヘラクレス・アルメロ
日本でプレーしたシーズン:2005~2006
国見高校のスーパーエースとして活躍し、筑波大に進学した平山相太。アテネ五輪やワールドユースへの出場を経て海外挑戦への意欲を高め、Jリーグではなくいきなりオランダ・エールディヴィジのヘラクレス・アルメロに加入した。
デビュー戦からゴールを決めるなど初年度は31試合で8得点と結果を残すも、2年目は出場機会を失ってしまい、2006年夏に退団。そしてFC東京へと移籍することになった。
カレン・ロバート
オランダでプレーしたクラブ:VVVフェンロー
日本でプレーしたシーズン:2010~2013
市立船橋高校時代には世代最高クラスのアタッカーとして評価され、天皇杯では横浜F・マリノスを相手に延長戦まで持ち込むという試合を繰り広げて話題に。卒業後はジュビロ磐田に加入してJリーガーとなった。
2010年夏に契約満了のためロアッソ熊本へと移籍するが、その半年後にはオランダ・エールディヴィジのVVVフェンローに練習参加を経て加入。2年目には背番号10を与えられるなど中心的な役割を果たし、2シーズン半で69試合に出場し7ゴールを記録した。
小倉隆史
オランダでプレーしたクラブ:エクセルシオール
日本でプレーしたシーズン:1993~1994
現在東海リーグのISE-SHIMAで監督を務めている「レフティモンスター」。名古屋グランパスでJリーグにデビューした後、留学という形でフェイエノールトを訪れ、さらにエクセルシオールの練習に参加して加入した。
1993-94シーズンは2部リーグで31試合に出場して14ゴールと活躍を見せ、ヨーロッパの複数クラブから誘いを受けながらも、名古屋グランパスからの要請を受けて日本に復帰。欧州でのプレーはわずか1年のみとなっている。
西澤明訓
オランダでプレーしたクラブ:フォレンダム
日本でプレーしたシーズン:1995~1996
森島明訓とともにセレッソ大阪で長く活躍したイメージが強い日本屈指のポストプレーヤー。ただ、1995年に清水東高校からJリーグ入りした一年目にはオランダへとローン移籍していた。
当時は2部リーグを戦っていたフォレンダムに加入したのだが、様々な状況もあって試合には出場できず。そして1996年にセレッソ大阪へと復帰している。
船越優蔵
オランダでプレーしたクラブ:テルスター
日本でプレーしたシーズン:1996~1997
U-17世界選手権でベスト8に入った中田英寿、宮本恒靖、松田直樹らの世代でエースストライカーだった船越優蔵。試験的にキックインが採用された大会だったため、その190cmを超える身長で高さを生かすプレーに強みを発揮した。
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1996年にガンバ大阪でJリーガーとなったが、そのシーズン中にオランダ2部のテルスターへと留学した。18試合に出場したところで規約面の問題が明らかになったためにプレーが不可能になり、次年度には日本へと復帰することになった。