【日本】【海外駐在のマイルール】互いにもどかしい英会話 片言でも現地語で信頼を[社会]

イラスト:イケウチリリー

言葉や風習が異なる海外赴任生活は困り事が尽きないもの。アジア各地の日本人駐在員に、奮闘しながら見つけた「マイルール」を語ってもらう。今回は、タイのベテラン駐在員が登場。

日系の大手メーカーの工場長としてタイに赴任し、その後、金属加工の日系企業にスカウトされ現地法人の社長となったケンタさん(仮名)。タイでの駐在員生活は合わせて約15年。「20年以上の方も大勢いて、自分はまだまだ」と謙遜するが、タイ語を自在に操り100人超のローカルスタッフを率いる。そんなケンタさんのマイルールとは。

■マイルール1 言語習得は恥をかくことから

前職では社内の通訳スタッフを通じて、部下とコミュニケーションを取っていたというケンタさん。しかし、伝えたはずのことが全く伝わっていないという苦い経験が何度もあり、タイ語の独学を開始。今では普段の会話はもちろん、会議も通訳なしで行っている。

「慣れないローカルの言葉で部下と話すのは、最初はやっぱり恥ずかしさがあるんです。でも、話さないと上達しない。僕も最初は知っている単語を並べるところから始めて、ダメ出しを受けながら少しずつ会話力を伸ばしました」

他の日本人駐在員にも「知っている言葉の羅列でもかまわないから」と、タイ語での会話を徹底させている。

「過去、英語を使っていたこともあるのですが、互いに母国語でないためスムーズな意思疎通は無理。相手も分かったふりをしてうなずくだけで、結局は何も伝わらない。一方、タイ語ならどんなに下手でも耳を傾けてくれるんです。通訳を介し続けた結果、十数年も駐在しているのにタイ語を話せない方もいますが、もったいないなあと思ってしまいます」

タイ語での会話を徹底した結果、効果があったと感じるのはスタッフとの信頼関係の構築。会社立ち上げ時から苦労を共にした約10人の社員は全員残っているという。

「ローカルの言葉を話せるか否かは、業績にも小さくない影響があるというのが持論です」

■マイルール2 日本人が少ない物件でストレス回避

ケンタさんの職場があるのは、首都バンコクから約120キロメートルに位置する東部チョンブリ県シラチャー。物流拠点のレムチャバン港があり、多くの日系企業が進出している。

現在、平日はシラチャーで単身生活。週末は家族が暮らすバンコクで過ごすという「二拠点生活」を送っているケンタさん。

「以前はバンコクから車で通っていたのですが、片道1時間半もかかるため時間がもったいないと感じて。今は週末のみバンコクで過ごして家族だんらんを楽しんだり、ゴルフをしたり。日曜の夜、容器に詰めた妻の手料理を抱えてシラチャーに帰る、というのがルーティンです」

そのシラチャーの賃貸コンドミニアム(日本でいうマンション)の間取りは1LDKで家賃は1万5,000バーツ(約6万1,400円)。通常は3万~4万バーツするところを、オーナーの好意で格安で提供してもらっているとか。

一方、バンコクの住まいは家族向けの間取りで4万5,000バーツ。日本人駐在員に人気エリアのスクンビットにあるが、築年数が古いため、立地や近年の物価高を考えると手頃感があると話す。

物件選びの際、重視したのが日本人の入居率が低い点。というのもケンタさんの妻は、駐在員の妻同士の人間関係が苦手。夫の会社名でマウントを取り合ったり、うわさ話に花を咲かせたりなど、通称「駐妻」のコミュニティーには独特の閉塞(へいそく)感があるとしてストレスを受ける人も少なくない。

「日本人の入居率が低いコンドミニアムを選択したおかげで、妻はそういった悩みのない生活を送れているようです」

■マイルール3 海外育ちの子どもの進路は慎重に

2人の子どもの父親でもあるケンタさんにとって、当地での教育は大きな関心事の1つ。現在、長女はバンコクの専門学校で英語を勉強中。次女は、日本の学校法人が運営する通信制高校で勉学に励んでいるという。

「海外在住者もインターネットを通じて日本と同じ授業を受けることができ、高校の卒業資格を取得可能なのがいい」と評価する。バンコクの日本人学校は中学までしかなく、高校の選択がインターナショナルスクールなどに限られていた駐在ファミリーにとっては心強い存在だ。

一方、気掛かりなのが今後の進路。

「長女は卒業後に日本での就職を検討中。これを機にということで、私を除いた3人で帰国する話も出ています。ただ、子どもたちはタイで15年も過ごし、日本の生活はほとんど知らないので心配です。英語の勉強をしていますし、就職先を日本だけにこだわる必要はないのかなとは思っています」

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■駐在員に送るエール

現地法人の社長として働く醍醐味(だいごみ)は、日本と離れているので自由度が高く、やりたいことができる点。本当はこんなこと言ってはいけないのかもしれませんが、実際そうだと思います(笑)

帰任命令や健康面の問題が出てきたときは日本に帰るかもしれませんが、特になければこの先もタイで働き続けたいです。

タイはこの15年で生活水準がかなり上がりました。中でもバンコクはBTS(高架鉄道)などの交通網が広がり移動が格段に楽になりましたし、キャッシュレス決済が屋台でもできて本当に便利に。仏教徒が多いため、信仰心のあつい国民性も素晴らしいと思います。

タイは日系企業の進出によりビジネス的にも日常的にも日本とのつながりが深く、親日国家としての側面をさまざまなところで感じます。また「ほほ笑みの国」と言われていますが、実際にとても優しく、困ったことがあれば親身になってくれる人が多いので、安心して駐在生活が送れると思います。(ケンタさん)

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※「海外駐在のマイルール」は、アジア経済を観るNNAのフリー媒体「NNAカンパサール」2023年8月号<https://www.nna.jp/nnakanpasar/>から転載しています。

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