<レスリング>【特集】“相撲パワー”でU17世界王者に輝いた後輩に続く! “うどんパワー”で世界一を目指す…男子グレコローマン77kg級・日下尚(三恵海運)

 

(文・撮影=布施鋼治)

 「自分のレスリングは世界でも通用する」

 昨年10月のU23世界選手権(スペイン)に出場したときのことだ。同年のシニアの世界選手権3位のマルハス・アモヤン(アルメニア)と準決勝で顔を合わせた男子グレコローマン77㎏級の日下尚(三恵海運)は、5-9で敗れながらも、確かな手応えをつかんでいた。アモヤンはその大会を制し、今年のヨーロッパ選手権でも優勝した強豪だ。

 「自分は屋比久翔平(ALSOK)先輩のパートナーとして東京オリンピックにも帯同させていただきました。77㎏級の試合を見ていたので、世界の中で自分がどのレベルなのかを把握しました。世界とはすごく差があるというわけではない。本当に紙一重だと思います」

▲昨年のU23世界選手権で銅メダルを獲得した日下尚(三恵海運=当時日体大)=UWWサイトより

 日下の存在は、昨年12月の天皇杯全日本選手権で、その屋比久を下した瞬間に一躍クローズアップされた。今年6月の全日本選抜選手権決勝でも屋比久を3-2で破って優勝。その勢いで、櫻庭功大(自衛隊)とのプレーオフも制し、9月にセルビアで開催される世界選手権の出場切符を初めて手にした。

 「僕はずっと屋比久先輩の背中を見てきました。でも、たまたま勝っただけで、まだ正式に越えたわけではない。実績の部分でもまだそうなったわけではない。確かに勝ったという事実は自信につながるけど、僕にとっては、屋比久先輩はいまだ胸を借りる存在です」

▲7月下旬、群馬・草津で行われた日体大他の合宿で汗を流す日下=筆者撮影

3歳から始めたが結果が出せなかったキッズ時代

 レスリングのスタートは3歳からと早いが、キッズ時代はお世辞にも強かったというわけではない。「幼い頃から始めていることがコンプレックスになるほど弱い選手でした。中学校のときの全国大会では、表彰台にすら上がっていません」

 それでも、レスリングを続けたのは好きだったからにほかならない。

 「ずっと『負けたくない』という気持ちがあって、負けてもやり続けたら、高校くらいからようやく勝てるようになってきた。高校時代の恩師からは『継続は力なり』という言葉を何度となく聞かされていました」

 レスリングに励む一方で、中学時代には相撲も経験し、こちらの方は全国大会で決勝トーナメントに進出するなど実績を残す。現在、大相撲で活躍し新十両昇進を決めた大の里(本名中村泰輝)とは同い年で、顔見知りだという。

 「中学のときは両方やっていたけど、相撲の方がたくさんやっていたかも。変な話、高校進学のとき相撲でスカウトが来たけれど、レスリングでは1校も来ませんでした」

▲2018年全国高校グレコローマン選手権で優勝した日下。6試合無失点のフォールかテクニカルフォール勝ちという素晴らしい内容だった

 相撲のキャリアは、日下のレスリングのベースにもなっている。「レスリングも、相撲スタイルというか、前に出るという部分で活かされている。試合前に50~100回ほど四股(しこ)を踏む習慣は今でも大切にしています。そうすることで、闘いのスイッチを入れる。相撲の恩師からも電話がかかってきて、『相撲のスタイルを忘れるな』と激励されます」

 奇しくも、先週行われたU17世界選手権(トルコ)男子グレコローマン80kg級で優勝した香川・高松クラブ~高松北高校の後輩となる吉田泰造も相撲を経験し、そのベースで世界王者に輝いている。

「凡人」の長所を生かして世界へ挑戦!

 今春、日体大を卒業し、三恵海運に入社した。「練習環境はそのまま(日体大)なんですけど、社会人として給料が入ってくる身になった。いままではお金(学費)を払ってクラブに通っていましたからね。サポートの部分も充実しているので、レスリングにいっそう取り組める環境になったと思います」

 日下は最大の長所を、“凡人であること”といってはばからない。「自分は技が多彩というわけでもないし、見ていて気持ちがいいレスリングができるわけでもない。でも、海外勢が持っていない体力だったり、前に出続ける気持ちは持っている。逆に、そこが武器だと思うし、相手にとってしんどい試合を展開できると思う」

 私生活では、地元・香川県をこよなく愛す。勝負飯は、県民食でもある“うどん”だ。「試合前は絶対うどん屋に行く。世界選手権の舞台であるベオグラードに生麺は持っていけないので、乾麺を持参するかも」

 凡人には凡人の強さがある。現地でうどんをすすってパワーアップした“相撲レスリング”で、世界のグレコローマンに風穴を開けるか。

 

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