チームメイト宮田も「天才的」と評すダンプ状態での坪井の走り。SW72キロのau TOM’S予選最後尾から脅威の4位

 スーパーGT第4戦富士、大雨に雷、そして度重なるGT300マシンの炎上、赤旗中断など荒れに荒れた展開の中、GT500クラスではランキングトップ、72kgのサクセスウエイト(SW)を搭載していた36号車au TOM’S GR Supraが予選15番手の最後尾から、ミラクルとも言える5番手フィニッシュ。さらにその後上位のペナルティもあり4位を獲得。まさにチームとドライバーの力に運が味方しての総合力で成し遂げた結果となったが、その中でも際立ったのがレース後半にステアリングを握った坪井翔の走りだった。

 その坪井と36号車au TOM’S GR Supra、第4戦富士の走り始めはかなり厳しい状況だった。坪井が振り返る。

「正直、練習走行の段階から予選はビリかなと思っていました。思っていたより2リスダウン(サクセスウエイト72kg分/燃料流量リストリクターが2段階絞られる)がキツくて、特に今回のように燃リス(燃料流量リストリクター)が入っていないクルマが多い中(燃リスが入ったのは36号車、3号車の2台のみ)、そして多くのクルマのSWが重くなっていない中だと、思った以上に差があったなという印象です」

「結果的に予選でもその苦しい状況で、全然ダメだったなと。クルマはもう、加速した瞬間から他のクルマよりも遅かった。ストレートでは最高速までというよりも、中間の加速に行くまでが遅いので、1コーナー(TGRコーナー)からコカコーラ・コーナーに行くまでも相手のクルマから離されるくらい差が大きくて、正直、厳しかった。タイヤ選択も、日曜の決勝レースが雨になるかもしれないということを見据えての選択たっだので、そのことでも予選が厳しくなりました。ある程度は想定内だったのですけど、3号車が上の方に行ったので大変だなとは思っていました。決勝は雨になることを信じて、荒れた展開を味方に1点でもポイントが獲れればいいかなと思っていました」と坪井

 その決勝は坪井に期待どおり、雨が降ったり止んだりの天候になったとともに、予想以上に荒れる展開となった。36号車は宮田莉朋がスタートドライバーを務め、10番手あたりまで順位を上げて58周を走行。その後、坪井にステアリングを変え、坪井は12番手でコースに復帰した。坪井は雨量が多いコンディションではしばらくタイヤを温存し、雨が上がりの乾き始めたコンディションとなった残り20周あたりから徐々に順位を上げ始めた。

「どんどんドライアップしてく状況で、いろいろラッキーもありました。周りでスピンしたり、GT300マシンとぶつかったりがあった中で、なんとか生き残ることができました。クルマもストレートが遅いだけでコーナーでは速くて、いい感触がありました。あとは路面が乾いていく状況だったので、どれだけタイヤを持たせられるかが勝負になると思っていて、とにかくタイヤを保たせよう、保たせようとペースをコントロールして走っていた。そして最後にみんながタレて来た時に1台ずつ抜いていくような状況でした」と坪井。

 レース終盤には一度オーバーテイクした100号車STANLEY NSX-GT、後続だった64号車Modulo NSX-GTに先行を許すものの、36号車と坪井は5番手まで7つポジションを上げた。SW72kgを搭載していたことを考えると、驚異的とも言えるパフォーマンスだった。

「64号車(Modulo NSX-GT)と100号車(STANLEY NSX-GT)だけは尋常じゃなく速かったですけど、同じブリヂストン陣営のGRスープラ勢の中では36号車が一番速かったと思います。ファイナルラップで38号車(ZENT CERUMO GR Supra)に追いついて、僕の方もキツかったのですけど38号車の方がタイヤがキツそうで、コカコーラ・コーナーの立ち上がりで抜くことができた。そこまでタイヤをセーブしてきたのがなんとか形になったので、うまくタイヤをマネジメントできんじゃないかなと思います」

 雨上がりでの坪井の高パフォーマンスは今回の富士だけでない。ウエットからドライに変わった開幕戦の岡山のレースでも、スタートドライバーを務めた坪井は予選10番手から一時トップに立つまで順位を上げた。36号車はその後、宮田莉朋に変わったピットストップで左フロントタイヤがきちんと装着されず、コースインと同時にマシンを止めることになったが、それまでの坪井の走りはチームメイトの宮田莉朋にも「天才的な走りだった」と言わしめるほどの走りだった。

 ウエットからドライに変わっていく状況では毎周路面の乾き具合、ミューが違い、グリップの限界値が走るたびに変わっていく。さらには乾いている部分のドライパッチ、濡れているウエットパッチの状況も異なルことで、ライン取りも変わり、それによってタイヤの発熱量、内圧も変化する。つまりはドライバーにとって、安定して速く走るにはかなり過酷な状況だと言える。

 開幕戦の話ではあるが、岡山でのウエットからドライに変わるタイミングの坪井の走りについて、ブリヂストンのスーパーGTで開発を担う山本貴彦氏が話していた言葉が印象的だった。

「ウエットタイヤでの走行は比較がなかなかできないのですけど、岡山のような乾いていくコンディションの中でもできるだけタイヤを保たせて、最終的には完全に乾きましたけど、最後まで保たせて走行できていたのが36号車と8号車でした。もちろん、クルマのセットアップを含めての部分もあるのですけど、私から見た感じの坪井選手の印象としては、今、与えられたクルマやタイヤの性能、状況の中で、その100パーセントを出し続ける能力が高いドライバーだと思います」

 さらに山本氏が続ける。

「その与えられた性能の101パーセント、102パーセントで走ってしまうと、タイヤがすぐにタレてしまいますし、90数パーセントではタイムが遅くなる。ドライではそこまで目立たないのですけど、その行き過ぎないギリギリのところをうまく使えるというのが、ウエットではわかりやすく出てくる。坪井選手は安定して速いですし、タイヤも変にタレないですし、そういう特徴があるのではないかと個人的に思います。ドライだと多少無理をして101パーセント、102パーセントで走ってもそこまで影響は大きくなく誤魔化せるのですけど、ウエットでその走りをすると、特にウチの今のウエットタイヤは水量が減った時のタレが課題でもあるので、その走りの上手さがより目立ってくると思います」

 36号車の吉武聡エンジニアも、素直に坪井のウエット、ダンプ時の走りを讃える。

「すごいと思いますね。タイヤのインフォメーションをきちんと理解して、セーブするところはセーブするし、行くところは行く。データではなかなかわからないでのすけど、タイヤの保たせ方は結構、すごいレベルだと思います」

 まさに『Sho TIME』と言えるそのウエット&ダンプ時の走について、当人の坪井にストレートにコツを聞いてみる。

「コツ? なんですかねえ……。本当にタイヤを壊さないように走らなきゃいけないので、あまりタイヤをこじらないとか。当然、そういった基礎的なことはどのドライバーもしていることだと思いますけど、その中でもブリヂストンのタイヤの特徴をしっかり掴んで、オーバーヒートしそうになったらなるべく水のあるところを走って冷やすとかもそうですけど、なんですかね(苦笑)?」

 当人は特別なことをしている意識はなさそうだが、言葉を変えれば、普通の操作の細かさ、丁寧さ、そして何より状況を感じ取り、限界を見極められる体内のセンサーが優れているのだろう。

「自分は自分なりに普通のことをやっているだけです。そんなにすごい特別なことをしている意識はないですし、みんなとは何が実際に違うのかは、僕もわからない(笑)。もちろん、決して限界以上では走らないですし、あとはどういうふうにコンディションが変わっていくか、ドライになっていく状況で、路面のドライパッチの使い方だったりとか……でも、みんなが考えていることと同じだと思います」

「ただ、自分なりに『こうすればこうできる』というイメージというか、自分の中でのイメージはあります。それを言葉にするのがすごく難しいですね。そのイメージを遂行していくと、なぜかどんどん前に行けるという状況なので。もちろん、一概に僕のドライビングだけですべてを補えているとは思っていないです。今回は36号車のクルマのセットアップ、そしてブリヂストンタイヤ、そして僕のドライビングがすごくマッチしていたのかなとは思っています。岡山の時もそのような感触でした」

 5位フィニッシュした36号車はレース後、上位のペナルティがあり4位となり、さらなる幸運に恵まれた。「もうこれ以上ないくらいハッピーな結果なので、3号車(Niterra MOTUL Z)が勝ちましたけど、大きく点数を離されなかったという点でも良かった。こういったレースを続けていければ、必然的にチャンピオンは見えてくると思います」とレース後の坪井。ランキングトップは今回のようなダンプコンディションで無双状態のミシュランタイヤを装着する3号車に奪われ、36号車は2位に順位を下げたが、今回のレースで坪井、宮田のコンビのトムスの強さが改めて強い印象を残すことになった。

© 株式会社三栄