“世界”への次なるステップへ。WEC第6戦富士に小泉洋史とケイ・コッツォリーノがスポット参戦

 9月8〜10日、静岡県の富士スピードウェイで開催されるWEC世界耐久選手権第6戦富士6時間。今季は多くのハイパーカーの参戦など非常に多くの楽しみな要素があるが、そんな一戦に新たな日本人ドライバーがスポット参戦することになった。今季、AFコルセからミシュラン・ル・マン・カップに挑戦していた小泉洋史とケイ・コッツォリーノが、AFコルセの21号車フェラーリ488 GTEエボをドライブしLM-GTE Amクラスに参戦することになった。

 2015年まで全日本F3に参戦していた小泉は、しばらくモータースポーツから遠ざかっていたものの、2022年にGTワールドチャレンジ・アジアに参戦しレースに復帰。「やる以上は海外で」と本場ヨーロッパ勢にどれだけ通用するかを試すべく、2023年は旧知の間柄でもあるコッツォリーノとともに、フェラーリ296 GT3でミシュラン・ル・マン・カップに挑戦を開始した。

「目標は全勝、チャンピオン(コッツォリーノ)」という強い意気込みとともに臨んだ今季のル・マン・カップ。「毎回ケイも自分もその気持ちで、できる準備はすべてやってレースに臨んでいます」と小泉は振り返った。ただ第1戦バルセロナでは3位表彰台を獲得するも、「なかなか甘い世界ではありませんし、正直みんな速い。なかなか全勝というわけにはいかない」というのが現況だ。

 特に、2レースが開催されたル・マンでの『ロード・トゥ・ル・マン』では、ただでさえ走行時間が少ない週末ながらフリー走行1回目の1周目でトラブルが発生。初めて走るル・マンで、小泉がぶっつけ本番の予選を強いられた。とはいえその中でも、いきなり4分07秒634を記録し11番手につけたのは小泉の実力とも言えるだろう。

 その後も「クルマの本来のポテンシャルを引き出し切れていない(コッツォリーノ)」と今季から投入された296 GT3の厳しい現状もあり表彰台には届かないレースが続いているが、まだ3戦を残しており、現在ランキングは4位。逆転のチャンスはまだある。そんなル・マン・カップの戦いのなかで、さらなる挑戦の機会が訪れた。ついに小泉が世界選手権への挑戦を果たすことになったのだ。

ポールリカールでのミシュラン・ル・マン・カップを戦う小泉洋史/ケイ・コッツォリーノ組フェラーリ296 GT3

■伝えていた“世界”への思い

 今季、ふたりはル・マン・カップに挑戦するにあたって、本場ヨーロッパでの挑戦を目標としていたが、その根底に「ふたりのほぼ一致している考え」として「世界を獲りにいきたい」という目標があったと小泉は明かした。

「四輪モータースポーツの世界で、世界選手権のタイトルというとF1、フォーミュラE、それにWRC世界ラリー選手権、それからWECですよね。このうち3つは、狙えるかと言えば諦めざるを得ない。ではWECなら現実的だろうと。その考えを以前からAFコルセの皆さんにも伝えてきました」と小泉。

 ル・マン・カップを戦いながら、ふたりは“世界”への熱意をAFコルセに伝え続けて来た。それが今回のWEC参戦に繋がった。ドライブするのは21号車のフェラーリ488 GTEエボだ。この車両は第1戦セブリングはステファノ・コスタンティーニ/サイモン・マン/ユリシ・デ・ポウのトリオで参戦。第2戦アルガルベ、第3戦スパでは第1ドライバーがディエゴ・アレッシに交代。第4戦ル・マン、第5戦モンツァではジュリアン・ピゲに交代するなど、ブロンズドライバーが頻繁に交代している車両だ。

 今回は、21号車の軸であるアメリカ人のシルバードライバーのサイモン・マンはそのままに、第1ドライバーとして小泉、第3ドライバーとしてコッツォリーノが起用されることになる。サイモン・マンは父が以前からフェラーリチャレンジなどに積極的に活動しているという。

 起用にあたり、AFコルセが第5戦モンツァでのコッツォリーノのタイムを注視していたのではないかと小泉は分析する。「ケイはケッセル・レーシングさんからモンツァに出ましたが、デ・ポウのタイムをユーズドタイヤでずっと上回っていましたし、フリープラクティスでフェラーリ勢でトップだったダビデ・リゴンのニュータイヤでのタイムのコンマ3秒落ちくらいだったんです。それを見ていたんだと思います」という。

 また、今シーズン頻繁に交代していることから分かるように、ブロンズの第1ドライバーに対してサイモン・マンが満足していないことは明らかだった。そこで、小泉とコッツォリーノを起用するというプランが出た。「どちらに転ぶか分かりませんが、選択をしてくれたのではないかと思います」と小泉。

 なお、すでに今季のLM-GTE Amクラスはチャンピオンが確定している。「チャンピオンシップはもう終わっているので、チャンスを我々に与え、試すということですよね」とコッツォリーノは分析した。

2023年にミシュラン・ル・マン・カップに挑戦することになった小泉洋史とケイ・コッツォリーノ

■似ているようで別物。GT3とGTEの違いは

 チームは世界のスポーツカーレースに君臨するフェラーリの実質的ワークスチームであるAFコルセ。そして走りの面でもコミュニケーションの面でも貢献してくれるコッツォリーノがチームメイト、さらにふたりが熟知する富士スピードウェイと、好条件は揃っている。しかし、小泉はフェラーリ488 GT3はドライブしたことがあっても、488 GTEエボは乗ったことがない。

「ケイからもGT3とGTEはまったく別物だと言われています」と小泉は言う。そしてその違いについてコッツォリーノに聞くと、さまざまな違いを教えてくれた。

「マニアの方なら区別はつくと思いますが、見た目はほぼ一緒です。僕たちドライバーでもカタログを見て初めて気づくことがあるくらいです。リヤウイングやディフューザーの形状が違うこと、あとはエンジン音の違いがありますが、乗ったらまったく別物です」とコッツォリーノ。

「まずいちばんは、アクセルを踏んだ瞬間のトルク、レスポンスですね。どちらかというとF3のような感じです。足にエンジンのレスポンスがついてきます。GT3はほんの少しターボラグがあるのですが、GTEはよりラグがなく、NAのような感じです。加速のダイレクト感がレーシングエンジンですね」

「また空力がより効いています。四輪のタイヤの接地感が高い。タイヤはミシュランのコンフィデンシャルタイヤ(レースウイークで使った後、返却が必要なタイヤ。チームが持ち帰ることはできない)を使っていますが、どちらかというとスーパーGTに近い感じで、グリップ感が違います。コンパウンドもソフトとミディアムがあり、グリップ感も違います」

「ブレーキはABSがついていないので、GT3ならブレーキ踏力を100〜130バールくらいでドンと踏んで、ABSに頼ったブレーキングをしていくのですが、GTEは踏力は70〜80くらい。それ以上踏むとロックアップしてしまいます。だからGTEの方が制動が伸びるのですが、良いドライバーほど制動を縮められるので、ブレーキでドライバーの差が出ます」

 ただ、ブレーキを我慢しようとしてロックアップさせてしまうと、「スティントアベレージがガクッと落ちてしまいます。攻めたいけど、行ききれない部分が出てくるんです」とコッツォリーノ。

「GT3はオーバーランするくらいまで行ってから限界を下げますが、GTEは限界まで行けないんです。ビルドアップがすごく難しい。僕ももともとフォーミュラ出身なので、すごくチャレンジし甲斐がありますね」

 さらにエンジンブレーキの効き具合もGT3とGTEでは異なり、ブレーキバランスも「スティントの最初から最後、さらにコーナーごとにブレーキバランスを変える」というから、非常に繊細でシビアなドライブが求められるのは間違いない。

2023WEC第5戦モンツァ AFコルセの21号車フェラーリ488 GTEエボ
ポールリカールでのミシュラン・ル・マン・カップを戦う小泉洋史/ケイ・コッツォリーノ組フェラーリ296 GT3

■世界のブロンズを相手に「どこまでいけるか」

 とはいえ、事前にテストも予定していることもあり、「心配していない」とコッツォリーノは小泉のドライブには自信をみせた。「自分自身でも挑戦だと思っていますし、限られた時間のなかでどれだけアジャストできるか試されていると思います」と初挑戦の小泉は語った。

 今回彼らが目指すところは、もちろん小泉はAFコルセに対して世界で戦うレベルがあるブロンズドライバーとして、そしてコッツォリーノはプロとしてその走りを認めさせることになる。

「レースにはベン・キーティングさんが出場されますよね(33号車コルベット・レーシング)。世界最速のブロンズドライバーですが、その方と初めて一緒に走ることになります。レースは競争なので追いつけ、追い越せのつもりでいきたいです」と小泉は富士に向けて意気込みを語った。

「また日本人の先輩として、GTEでは星野敏選手や木村武史選手が走っていらっしゃいますよね。他にもたくさんの速いドライバーがいるなかで、どこまでいけるか……というつもりで臨みたいです」

 またコッツォリーノも「モンツァでは僕がドライブする前にトラブルに見舞われてしまいましたが、2019年以来の富士でのWECになります。その時は僕はスティントアベレージが最速だったんです」と語った。

「実は今回、そのときのエンジニアが担当してくれるということですごく楽しみです。運命的に感じています。すでにエンジニアからもアイデアが来ていますし、ドライバーとエンジニアの相性も大事なレースですからね」

 今回の挑戦が驚くような結果に繋がれば、WEC第6戦富士全体の盛り上がり、そして小泉とコッツォリーノにとっての2024年にも繋がる。どういった挑戦となるのか、楽しみに見届けたい。

2023WEC第5戦モンツァ LM-GTE Amの序盤の争い。第6戦富士では日本人が乗る3台の争いが見られるか。

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