【今週のサンモニ】平和の手段「抑止」を悪魔化する『サンモニ』|藤原かずえ 『Hanada』プラス連載「今週もおかしな報道ばかりをしている『サンデーモーニング』を藤原かずえさんがデータとロジックで滅多斬り」、略して【今週のサンモニ】。さて今週は麻生副総裁の「戦う覚悟」発言にイチャモンを。

国防におけるセキュリティ対策とは

今週の『サンデーモーニング』は訪台した麻生太郎自民党副総裁の「戦う覚悟」という発言に噛みつきました。政治家の発言の印象的な表現の一部を切り取って批判的に報じるのはこの番組のありがちな演出です。

アナウンサー:台湾を訪問した自民党麻生副総裁、講演で口にしたある言葉が波紋を呼んでいます。

自民党・麻生太郎副総裁(VTR):戦う覚悟です。金かけて防衛力を持っているだけでは駄目。それをいざとなったら使う。台湾の防衛のため、台湾海峡の安定のため、それを使うという明確な意思を相手に伝えて、それが抑止力になる。

アナウンサー:台湾防衛のために戦う覚悟を中国に伝える必要があるとの主張です。

戦争の【抑止 deterrence】とは、潜在的な【攻撃国 attacking states】に攻撃行動を起こすことを思いとどまらせるために【防衛国 defending states】が攻撃国に認識させる暗黙的/明示的【脅威 threat】あるいは限定的な【実力行使 force】のことです。

すなわち、攻撃国に、防衛国を攻撃してもその成功の可能性が低い、あるいは攻撃コストが高いと認識させるものです。

攻撃国が合理的な場合には、【費用便益分析 cost-benefit analysis】の結果を基に攻撃の意思を決定することになります。論理的には、【費用 cost】(=防衛国が脅威となる行動を実行する確率×脅威となる行動が実行された場合に必要なコスト)の値が【便益 benefit】(=攻撃国が攻撃を成功する確率×攻撃の利益)の値よりも大きくなると、攻撃国は攻撃を行わずに抑止が成立します。

このうち、反撃能力の圧倒的な高さを攻撃国に認識させて攻撃を思いとどまらせることを【懲罰的抑止 deterrence by punishment】といい、防衛能力の圧倒的な高さを攻撃国に認識させて攻撃を思いとどまらせることを【拒否的抑止 deterrence by denial】といいます。国防におけるセキュリティ対策とは、このような費用便益分析を攻撃国に行なわせることに他なりません。

「頭を冷やすべき」なのはあなたです

抑止理論において、侵略を行う攻撃国に脅威となるのが防衛国の【能力 capabilities】【意図 intentions】です。

このうち「能力」とは、侵略が発生した時の損害を少なくする【セーフティ safety】の対策のことであり、軍事能力という直接的なツールはもとより、軍事能力の行使に【信憑性 creditability】を与える経済能力、および第三国の軍事能力を味方につける政治能力といった【間接的アプローチ戦略 indirect approach strategy】(リデル・ハート)を展開する能力を含めたものです。

そして侵略が発生した場合にこの「能力」を行使することを【宣言 commitment】するのが「意図」です。この「意図」があってはじめて「能力」は有効となるのです。麻生氏の言う「戦う覚悟」とはこの「意図」のことであり、抑止理論の常識に適うものです。

アナウンサー:この発言にはすぐさま野党の重鎮の小沢一郎氏がSNSで噛みつきます。

立憲民主党・小沢一郎氏(SNS):一番冷静であるべき政権与党の幹部が、わざわざ台湾まで赴き戦争を煽ってどうするのか。この人物が、まず頭を冷やすべき。

麻生氏は戦争を煽っているのではありません。台湾の防衛のため、台湾海峡の安定のため、戦争の抑止を宣言しているのです。

お花畑な日本では多くの人が勘違いしていますが、【抑止 deterrence】とは、【力ずくの暴力 brute force】【行使 action】することによって【防衛 defense】するのではなく、実際には行使されていない【強制力 coercion】【威嚇 intimidation】することによって【セキュリティ security】を確保するものです。

ここで、「セキュリティ」とは、戦争が発生する確率を低下させることを言います。「戦争を抑止する」ことを「戦争を煽る」ことであるかのように歪曲することで中共に戦争の口実を与えている小沢氏こそ、頭を冷やすべきです。

平和の敵に与するナイーヴな論者たち

立憲民主党・岡田克也幹事長(VTR):台湾有事になったとしてもアメリカはハッキリ軍事介入するとは言っていない。軽々にそういうことを言う話ではない。

アナウンサー:実際、ペロシ下院議長の台湾訪問の際には台湾をどう守るのか記者に問われても「最大の力は民主主義」と強調し、軍事的関与には言及しませんでした。一方、バイデン大統領からは失言も。台湾有事の軍事的関与を肯定し、大きな衝撃を与えましたが、ホワイトハウスがすぐさま「政策に変更はない」と火消しに走ったのです。アメリカは台湾への軍事介入を曖昧にする戦略だと指摘するのは小谷教授。なぜアメリカはあえて戦う覚悟を示さないのでしょうか。

小谷哲男氏:中国側が「外部勢力が台湾独立を模索する動きがあれば武力行使を辞さない」という発言をしている。アメリカ側が台湾有事に介入すると明言してしまうと、中国からすれば外部勢力が関与しているので武力攻撃をしてもよいという判断になりかねない。

公明党幹部:中国を明らかに刺激している。本来なら避けてほしかった発言だ。

小谷哲男氏:勇ましい発言を「抑止」と勘違いなら大きな問題。台湾への支援を表明すればするほど、中国は台湾に対して軍事的圧力を強める傾向

アナウンサー:日中関係をめぐって岸田総理は、今月訪中する公明党・山口代表に習近平主席宛の親書を託す方針です。さらに来月には李強首相と会談を行う方向で調整をしています。

関口宏氏:初めて聞いた時に私は何てことを言うんだろうと思いました。

岡田氏も小谷氏も公明党幹部も関口氏も『サンデーモーニング』も、本当に情けなくなるほど、日本政府の戦略を全く理解していないと言えます。

麻生氏は自民党の副総裁であり、自衛隊の統制権を持つ内閣の意図を宣言できる存在ではありません。

一方、自衛隊の統制権を持つ内閣の長である岸田総理は、中国との外交を予定しています。岸田政権は、まさに極めてしたたかな【曖昧戦略 policy of deliberate ambiguity】による戦争抑止を行っているのです。麻生氏の発言を「勇ましい発言」と混同させるのは明確な認知操作です。

番組で麻生氏を批判する人たちの極めて大きな勘違いは、麻生氏が「戦う覚悟」を宣言すれば、中共が軍事的手段を行使できると思っていることです。このようなナイーヴすぎる論者は平和の敵に与しています。

加えて、「外部勢力が台湾独立を模索する動きがあれば武力行使を辞さない」という中共の一方的な脅しを拡大解釈して安易に屈することは、台湾の市民を見捨てることと同値です。

青木理氏:麻生氏は、前提として「最も大切なのはこの地域で戦争を起こさせないことだ」と言った後にこう言っている。それでも「戦う覚悟」というのは暴言ではないかと思うが、事前に官邸や外務省と相当すり合わせて行ったという報道もある。

だとすると、麻生氏は政府の役職はなくて自民党のNo.2で首相経験者として現地に行って、あんまり中国を刺激し過ぎないような役職でありながら、日本政府の官邸や外務省の意見を代弁したという可能性もある。そうすると、暴言と言いつつ、集団的自衛権の行使容認、敵基地攻撃能力を持ちつつアメリカと一緒に関与して行くんだという意思を日本が積極的に示したとも捉えられる。この発言にはいろんな裏がある。しかし相当危険な発言なのではないかという見方もできるのかもしれない。

「戦う覚悟」という麻生氏の発言は、青木氏が思うような「暴言」でもなければ「相当危険な発言」でもありません。

しかしながら、青木氏は、日本政府が展開している「曖昧戦略」については正しい理解を持っているようです。間違えやすいのですが、青木氏は基本的に「わかっているのにわざと間違える人」なのです。そこが大きな問題なんですけどね(笑)。

ちなみに「集団的自衛権」とは、同盟国の「セーフティ」の総体を「担保」にして平和裏に「セキュリティ」対策を行うものです。

「軍事力」と「攻撃力」を混同

田中優子氏:私は麻生氏の発言をいつも注目している。なぜなら政府が表立って言えない自民党の本音を言ってしまうから。今回もそういうことと思う。「抑止力」「防衛力」という言葉を使っているが、明らかに「軍事力」のことを言っている。

一方で政府は「台湾は中国の一部である」と言っている。なのに、それを言ってしまったらほかの国の内部的な問題に干渉していると受け取られても仕方がない。でも、これは自民党の本音と受け止めている。

日本という主権国家にとって、「内閣の一員でない麻生氏」くらい貴重な人物はいません。

麻生氏は、米国のジョン・ボルトンと同様、ならず者国家に対して、政府が表立っては言えない「強制力による威嚇」をフリーハンドに宣言することで、極めて平和裏に戦争抑止に貢献していると言えます。日本にはオリオールズの藤浪晋太郎投手のような荒れ球の剛速球を投げる人材が必要なのです。

さて、田中氏は「抑止力」「防衛力」「軍事力」を同一視していますが、このような勘違いこそが日本の防衛行政を歪めてきました。

「抑止力」は覇権国家からの侵略が発生する確率を低下させる「セキュリティ」を確保する「軍事力」の一部であり、温存されることで真価を発揮するものです。

一方、「防衛力」は覇権国家からの侵略が発生した時に被害を低下させる「セーフティ」を確保する「軍事力」の一部であり、侵略が発生した時に行使することで真価を発揮するものです。

ここで(侵略のリスク)=(侵略の発生確率)×(侵略発生時の被害)なので、抑止力と防衛力を高めることによって、侵略のリスクを低減することができます。

「軍事力」には他に「攻撃力」がありますが、日本はこれを行使することができません(反撃力の行使は可能です)。田中氏のような過激なパシフィストは、大衆に「軍事力」と「攻撃力」を混同させて、「抑止力」「防衛力」の整備を問題視させるプロパガンダを展開しているのです。

山極壽一氏:アメリカは軍事介入をするという発言をしなかった。非常に曖昧な表現を使ってきた。その時に合意したのは「中国は一つ」である。もう一つは「平和的な解決を望む」だ。アメリカはバイデンの失言以来、火消しに努めていたのに、なんで日本がこんなに前のめりになっているのかわからない。(中略)こんなに政府の態度が激変するのはなぜか。本当に疑う。何か起こっているね

先述したように、日本は完全に曖昧戦略を取っています。麻生氏は内閣の一員ではありません。むしろ曖昧戦略と言いながら、先鋭的な戦略をとっているのは米国です。

台湾有事の軍事的関与を肯定した米軍の最高司令官であるバイデン大統領の発言を「無意識な失言」と断定することに思い込みがあります。バイデン氏の発言は「意図的な失言」とも受け取れます。実際、中共に対して大きな威嚇となっています。

ペロシ米下院議長の台湾訪問も極めて重大な威嚇に他なりません。日本では【政府 government】と言えば、【内閣 cabinet】を意味しますが、英米系の国では【三権 three branches of government】の総称を意味します。つまり、ペロシ議長の台湾訪問は「米国政府」の代表の訪問なのです。

しかも、米軍の海外派兵を正式に承認をするのは米国議会であり、文民統制に関与しています。

そんな中で、山極氏が「日本が前のめりになっている」と考えるのは妄想であり、「何か起こっている」と考えるのは明確な陰謀論です。

核禁条約は「ならず者国家」を利している

なお、山極氏は「風をよむ」のセグメントでもツッコミどころ満載の非論理的な主張を行っています。

山極壽一氏:核禁条約に日本は加盟していない。核抑止力を肯定した。日本は世界各国に戦争禁止や停止を呼びかけなければならない。戦争を始めるのは政府だ。ロシア政府。ウクライナ政府。自覚しなければ日本は危ない方向に行ってしまう

核禁条約は核廃絶に何の拘束力もないばかりか、平和を希求するために現段階において核を必要悪と考えている民主主義国家に一方的な圧力を加えるものであり、核を戦術的兵器と捉えている「ならず者国家」に与するものです。

また、現在の科学技術レベルでは「ならず者国家」の核を有効に抑止する社団が存在しない状況を考えると、核抑止力を肯定するのは合理的判断です。

日本は、国際社会において、世界各国に対して戦争禁止や停止を世界の先頭に立って呼びかけています。テレビ放送における認知操作は厳に慎むべきです。さらには、戦争を始めたのは「ロシア政府」であり、「ウクライナ政府」ではありません。また、日本が戦争を始めるのは憲法違反であり、実際に戦争を始める兆候は皆無です。

このような意味不明の陰謀論を青木氏も主張します。

青木理氏:故半藤一利氏は社会が戦争に進む兆候はあるんだと。言論・表現・報道の自由が失われると危ないと言っていた。

故半藤和利氏は、日露戦争の報道で部数を増やした新聞が、商売に走って昭和の戦争を煽ったと、保坂正康氏との共著『そしてメディアは日本を戦争に導いた』で書き記しています。

同調圧力が強い日本で一番怖いのは、抑止という平和の手段を悪魔化する『サンデーモーニング』のようなテレビ番組に他なりません。

藤原かずえ | Hanadaプラス

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