「どうすればよかった?」台風の想定外の動きに振り回された夏休み…狂う旅程 石垣島で身動きが取れなくなった記者が痛感した準備の大切さ

台風6号で身動きが取れず、石垣島のホテルの部屋で家族と取った食事=8月3日

 夏休みに家族と訪れた沖縄で、台風6号のために実質3日間、閉じ込められた。旅行中に台風が近くを通過することは予想通りだったが、まさか東シナ海で迷走しながら沖縄にUターンするとは思わず、身動きが取れなくなるのは想定外だった。
 予定より2日遅れでなんとか帰京することができたものの、出勤日に間に合わず、職場にも迷惑をかけてしまった。旅先で自然災害に巻き込まれる可能性があるのは当然だが、軽く考えていたと言われても仕方ない。同時に、事前の準備の必要性も痛感した。ただ、一体何を用意すればいいのか。そしてどんな心構えでいたら良いのか。お盆の帰省シーズンに台風7号で足止めを余儀なくされた人も多かったと思う。苦い思い出になってしまった私の家族旅行をつぶさに振り返り、一緒に考えていただきたい。(共同通信=岡本拓也)

 ▽台風は足早に中国に抜けるはずだった…
 沖縄・八重山諸島にある西表島は、島中央部の深い森から浜辺に生い茂るマングローブや、透明度抜群の海が魅力の世界自然遺産。学生時代に来たことがあるが、小学生の子ども2人にも体験させたいと思い、妻と4人で訪れた。
 旅程は7月29日~8月2日の予定で、29日に羽田から経由地の石垣島を経て、その日のうちに西表島に到着した。台風6号が近づいていることは出発前にもちろん確認していた。夏に沖縄へ出かける人なら、台風情報はある意味最大の関心事。気象庁の当時の台風進路予報では、31日から8月1日にかけて沖縄本島に近づき、3日には中国大陸へ足早に抜けるルートだった。米海軍が出している台風情報も確認したが、同じような進路を予測していた。海遊びに影響が出るかもしれないが、8月2日の石垣発羽田行きのフライトに問題はなさそうだった。
 現地は7月30日も晴天だったが、八重山諸島近海では徐々に波が高くなった。民宿の主人の勧めもあり、西表島で3泊する予定だったのを2泊で切り上げ、石垣島に戻ることにした。移動手段は船だけで、高波になると船が出ず、2日のフライトに間に合わない可能性があると考えた。

石垣島の景勝地、川平湾。7月31日正午ごろはまだ晴れていた

 7月31日朝、石垣島に移動した。まだ風は弱く、雲は増えていたものの晴れ間も広がっている。西表島で十分遊べなかったことは心残りだったが、空港がある石垣島に早めに戻って来られたことで、予定通り2日に戻れると安心していた。

 ▽台風がまさかの迷走
 「異変」は31日の昼、食事を取るために立ち寄った石垣島の食堂のテレビから聞こえてきた。ちょうど天気予報が放送されていたが、画面には、ノロノロと沖縄本島の南側を進む台風6号の進路予測図が映し出されている。「いつのまに予報が変わったんだ?」
 過去に沖縄で勤務したことがあり、沖縄の台風の激しさは分かっているつもりだった。しかし、沖縄近海で停滞する台風は見聞きした事がない。テレビを見ながら激しく動揺した。
 繰り返しになるが、沖縄の台風をなめてはいけない。帰宅予定を1日早めてあす帰ろうかと考え始めていたら、スマートフォンを触っていた妻が「あっ」と声を上げた。
 「1日、2日の石垣発の飛行機、欠航するってよ」
 食堂を出たとたん、雨が降り出した。
 8月1日に帰るどころか、2日に帰ることもできなくなった私は、意識を「危機管理」に切り替えようと思った。子どもを含む家族4人で離島に閉じ込められるとなると、一体何をすれば良いのか思いを巡らせた。
 まず考えたのは食料の確保。風雨が強くなれば外出できなくなり、外食できない。ホテルに戻る途中、スーパーに立ち寄って総菜やパン、カップラーメンを購入した。
 せっかくの旅行なのに食事がわびしくなるが、背に腹は代えられない。心配したとおり、ホテル近くのコンビニエンスストアからはその後、次々と食品が消えていった。

石垣島のスーパーで買いだめしたカップラーメンなどの食料

 ▽モバイルバッテリーは必須、早めの移動も
 台風は2日夜から3日未明に石垣島に最接近した。島では両日、強い風雨が吹き荒れ、空港は閉鎖された。8月4日から出勤予定だったが、3日のうちに戻ることもできない。
 不幸中の幸いだったのは、停電がほぼなかったことだ。停電すればエアコンは止まるが、暴風雨では窓を開けられず、蒸し風呂状態となる。ポンプで水をくみ上げているホテルなどの建物では水道も使えない。さらに今ではスマホが生命線だ。台風情報の収集やフライトのキャンセル待ちの手続き、家族や職場との連絡などに欠かせない。

ホテルの部屋から不安そうに景色を眺める長女=8月3日、石垣市

 妻は停電でも充電できるモバイルバッテリーを持参していたが、私は持ってくるのを忘れた。沖縄本島では多くの観光客が停電したホテルに取り残されたと聞いた。次回からはモバイルバッテリーは忘れずに持って行かねばと思った。
 他にも毎日飲む薬や使い捨てコンタクトレンズなど、災害時に旅先で簡単に入手できないものは、旅程より多めに持参するのが大切と言えそうだ。
 離島にいるなら、できるだけ早く大きな島に移動する必要もある。この点では民宿のご主人に感謝している。人口約5万人の石垣島に戻れたおかげで、食料の調達もスムーズにできた。県立病院など万一の時の医療機関も充実している。小さな島ではこうはいかない。
 心の持ち方も大切だと強く感じた。連日ホテルに閉じ込められ、停滞する台風の情報を伝えるテレビを見ていると「どうしてこんな目に遭うんだ」「何でこの台風は(沖縄に)戻ってくるんだ!」と怒りが抑えられなくなった。子どもたちも「早く家に帰りたい」と涙ぐむ。なんとか4日には帰りたい。「4日には風雨が少し弱くなりそうだ」という情報にすがりたいが、それでも飛行機が飛ぶかどうかは分からない。
 いらつく気持ちを抑えるため、意識して「諦めよう」と考えた。帰りのチケットを持っている以上、見捨てられることはないだろう。いつか分からないが、いつかは帰ることができるはず―。「自分ではどうすることもできない」という状況を受け入れると、気持ちが落ち着いた。

羽田空港に到着した全日空の臨時便=4日夜

 ▽うれしかった客室乗務員の言葉
 本来ならこの日から職場に復帰する予定だった4日、朝から石垣空港に向かった。利用する全日空のフライトは1日2便。正午発は欠航が決まっていたが、午後3時20分発は通常通り飛ぶという情報だった。
 前日に全日空のアプリから空席待ちを申し込んでいたが、空港に着くとカウンターの前に数百人が長蛇の列を作っていた。「やはり空席待ちで帰ることは厳しいか」と諦め気味になっていたところ、「夕方に羽田行きの臨時便が飛ぶ」と分かった。トンネルの先に光が見えたような気がした。
 4日午後5時ごろ、搭乗開始。飛行機に乗り込んだ時のベテランの客室乗務員の言葉が忘れられない。
 「皆様大変だったでしょう。国際線の飛行機でお迎えに参りました!」。その日の深夜になったものの、無事に帰宅できた。
 5日の朝、1日遅れで出勤した。上司や同僚にわびると、「大丈夫だった?」と温かい言葉で迎えてくれ、救われた気持ちになった。おそらく一番つらいのは「早く帰ってこい」と責められること。責められても台風による欠航ではどうしようもないとは思うが、それを言い出すと、「そもそも台風シーズンに沖縄に行く方が間違っている」という批判が聞こえてきそうだ。似たような意見で「冬に天候が荒れる北海道に行くのは愚か者」とか「山は夏だって危ない」という声もよく聞くが、それでは余暇の行動範囲はどんどん狭くなってしまう。
 必要なのは、情報収集を欠かさずに、いざとなれば日程を早めに変更することだと思う。さらに旅行中に起こりそうなリスクを洗い出して、できるだけ事前に対処法を考えたり、必要なものを準備したりする。それを実感した旅行となった。

© 一般社団法人共同通信社