思春期の「多汗症」、周囲の目におびえ「死にたいと思ったことも」 手のひら用の新薬も登場

「手掌多汗症」の患者の手(兵庫医科大・金澤伸雄主任教授提供)

 手のひらや足の裏、脇や顔などに、日常生活に支障を来すほど汗をかいてしまう。そんな悩みを持っている人はいないだろうか。「多汗症」と呼ばれ、最近、CMなどで少しずつ名前が浸透してきた疾患だ。特に周囲からの目が気になる思春期には、汗をきっかけに人間関係に後ろ向きになってしまうこともあるという。(綱嶋葉名) ### ■手をつなぐ組み体操も苦痛に

 「緊張すると手汗がひどくなる、体質だからって諦めていないかな」。人気アイドルグループ「嵐」の二宮和也さんが語りかける久光製薬のCMが話題だ。取り上げているのは、手のひらに多量の汗をかく「手掌多汗症」。試験中に汗でテスト用紙がぬれて困る学生や、手をつなぐことをためらう女性が描かれている。

 「汗に悩み、死にたいと思ってしまったこともあった」。関西地方の大学生、熊野みゆうさん(20代)は学生生活をそう振り返る。

 自覚したのは小学校低学年。自分の手に浮かぶ汗の多さに戸惑い、友達からも「手汗すごいね」と言われた。学年が上がるにつれて人の目が気になり、6年の時には手をつないで行う組み体操を苦痛に感じた。先生に「やりたくない」と泣きながら訴えたが、恥ずかしくて汗が理由だとは伝えられなかった。

 中学・高校時代に状況は悪化。授業中はタオル地のハンカチを握りしめていたが、試験ではカンニングを疑われるのが怖くて使えず、スカートで手をぬぐい続け、生地が変色した。後ろの席に回すプリントも「絶対汗でぬらしてはいけない」と緊張し、脇汗が床に落ちた時は「周りの人に見られ、言いふらされたらどうしよう」と思い詰めた。

 足にも汗をかくため、上靴を脱ぐ集会では、防臭効果のある粉を足に塗り込み、汗で色が変わった靴下を見られないようにスカートの中に足を隠したという。

 合唱部では、手をつないで行うストレッチやピアノ演奏など手汗を気にする機会が多く、悩み続けて1年間休部。負けず嫌いで勉強にも力を入れていたが、「頑張っているのになんで汗に邪魔されるの? みんながうらまやしい」と思い悩んだ。周囲にからかわれることはなかったが、「多汗症だと周りにバレたら嫌われると思っていた」。

 大学進学後は、着る服や座る席が自由になったことで気持ちに余裕が生まれた。「悩んでいても世界は変わらない。当事者が発信しないと」と考え、2022年4月設立のNPO法人「多汗症サポートグループ」の運営に参加し、現在は理事として広報を担当する。

 「悩んでいる中高生に、多汗症は体質ではなく病気で、適切な治療法があると知ってほしい」と熊野さん。「過去の自分を助けたいと思って活動を始めた。今までは汗で諦めてきたこともあったけど、やりたいことに向かって頑張っていきたい」と前を向く。 ### ■手のひらの多汗症は国内493万人

 2009年の疫学調査によると、手のひらに過度な汗をかく「原発性手掌多汗症」の患者は国内に約493万千人いるが、明確な発症原因は分かっていないという。兵庫医科大学皮膚科学の金澤伸雄主任教授は「発汗には波があり、それぞれの背景に合わせた治療が必要」と話す。

 新薬の開発も進み、今年6月に久光製薬が原発性手掌多汗症治療剤の「アポハイドローション20%」(一般名・オキシブチニン塩酸塩)を発売。保険適用の手のひら用の外用剤は日本初という。

 また、同社は多汗症の情報を掲載した「みんなの手の汗サイト」を開設。症状や治療法の説明に加え、自分の手汗の状態を確認できるチェックシートや患者の声を公開している。 【取材後記】私自身も苦しんだ

 今回「多汗症」を記事で取り上げた理由の一つに、私自身が長年、汗に苦しんできた経験がある。

 「なんでいつも手が湿ってるん、気持ち悪い」。幼い頃、同級生から何気なく言われた言葉がずっと忘れられず、多汗症をひた隠しにしてきた。

 学生時代、2人一組で取り組む体育のストレッチが恐怖だった。恋人と手をつなぐ前には「嫌われたらどうしよう」と毎回必死に服で手をぬぐって指先だけでつないでいた。スマートフォンは手汗で「水没」し、アクセサリーや傘などの金属製品はすぐにさびる。

 季節の変わり目には手のひらと足の裏に小さな水疱ができてかゆみで眠れず、その後ボロボロと皮がむけると、水虫と勘違いされることもある。

 大学生になり、汗を気にする場面も少しずつ減ってきたころ、偶然手が触れた友人から冗談交じりに「え、なんか手ぬれてない?」と笑われた。まだ汗から逃れられないのかと絶望した。

 多汗症は症状もつらいが、それ以上に当事者は周りの目におびえて生きている。ばれないように汗をふき、「気持ち悪い」と思われないように必死だ。

 熊野さんは取材でこう話していた。「いつか花粉症と同じようにフランクに受け取ってもらえるような社会になればうれしい」。少しでも理解が広がればと願う。(綱嶋葉名)

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