社説:処理水放出へ 重大な禍根残す決定だ

 多くの疑問や懸念を置き去りにしたまま、将来に禍根を残す決定というほかない。

 政府は、東京電力福島第1原発処理水の海洋放出について、24日から始めることを決めた。

 岸田文雄首相はおととい、全国漁業協同組合連合会(全漁連)の坂本雅信会長と面会し、「反対は変わらない」と伝えられていた。にもかかわらず、「一定の理解は得られた」と判断したという。身勝手な解釈に過ぎよう。

 政府は「関係者の理解なしに、(処理水の)いかなる処分もしない」と明言していた。岸田氏は「今後数十年にわたろうと政府が全責任を負う」と述べたが、直近の公的な約束をほごにして、遠い将来まで信じられるだろうか。

 政府は2年前に処理水を海に放出する方針を打ち出した。岸田氏は就任以来、地元や国民の理解を得るために前に出る姿勢は見られなかった。決定直前になって現地を訪れたものの、多くの国民が「放出ありき」の儀礼と受け止めたのではないか。

 先週末の世論調査で、処理水放出について政府の説明が「不十分」としたのが8割を超えた。

 漁業者らが最も懸念しているのは、震災後、徐々に消費が戻りつつあった福島の海産物を国内外の消費者らが避けることだ。

 政府は、風評被害対策に300億円、漁業継続支援に500億円の基金を設けた。

 だが、坂本氏は面会で、国際原子力機関(IAEA)の包括報告書などに触れ、「科学的に安全だからといって風評被害はなくなるわけではない」と指摘した。

 放出に反発する中国は、日本からの水産物の輸入規制を強化している。放出決定を受け、香港は10都県の水産物を輸入禁止にするなどの動きが出ている。政府は手を尽くし、日本の水産業への影響を抑えねばならない。

 加えて、30~40年かかるとしている事故原発の廃炉作業は、当初の計画から大きく遅れ、溶融核燃料(デブリ)取り出しのめどは立っていない。

 したがって、処理水の発生が止まる見通しもなく、地元では今回の決定が「終わりなき放出」につながるのではないかとの不安が消えない。

 厳格な安全管理を長期間担うことになる東電に対し、不信感も根強い。

 政府と東電は十分な情報公開と説明を続けるとともに、地元や漁業者らの声に真摯(しんし)に向き合うことを改めて求めたい。

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