「女の子ではなくドライバーとして」扱ってくれた父。LMP2初戦表彰台の実力者【WEC富士の注目株(1)ドリアーヌ・パン】

 酷暑となった日本の夏。まだまだ暑い日は続きそうだが、そろそろ9月が迫ってきた。そう、日本の9月といえば胸高鳴る世界選手権月間。その先陣を切って行われるのが、富士スピードウェイでのWEC富士6時間レースだ。

 このコーナーでは、1年ぶりにやってくるWECの中でも、ぜひチェックしたい気になるドライバーたちをご紹介。その第1回は、フランスのドリアーヌ・パンだ。

 現在、WECには5名の女性ドライバーがエントリーしているのだが、中でも唯一LMP2に参戦しているのがパン。ちなみに苗字のスペルはPINで、日本語に訳すと『松』という意味になる。

■「セバスチャン・ベッテルに憧れていました」

 プレマ・レーシングの63号車オレカ07・ギブソンをドライブするパンは、パリ出身の弱冠19歳。綺麗な長い髪をいつもなびかせて、にこやかな笑顔を絶やさない女性だ。レーシングスーツを着ていなかったら、普通の大学生のようにも見える。

 チームメイトのミルコ・ボルトロッティ&ダニール・クビアトと並ぶと、身長は両男性陣の肩ぐらいまでしかなく、どちらかといえば小柄。と言いつつ、今年のWECでは、開幕戦のセブリングでいきなり表彰台に上がっている。LMP2クラスの中でもかなり実力派のドライバーだ。

2023年開幕戦のセブリングでLMP2クラス3位を獲得したミルコ・ボルトロッティ/ドリアーヌ・パン/ダニール・クビアト

 そんなパン、レースを始めたのは父の影響だったという。

「私の父が若い頃、レーシングカートのコーチをしていて、彼がコーチングをするイベントがあったんです。その影響で、私は3歳か4歳の頃から、モータースポーツに興味を持ち始めました」

「その後、9歳の時に実際にレーシングカートに乗り始めたんです。今はニースに住んでいますが、14歳まではパリに住んでいました。パリには古いカートコースがあって、そこでたくさんトレーニングを積んだのです。カート時代の夢は、間違いなくF1でしたね。セバスチャン・ベッテルに憧れていました。同時に、ラリーにも夢を持っていましたよ」

「カートを始めてからは、“ファミリー・ストーリー”という感じですね。父自身は自分のキャリアとして、ゴーカートだけしかやっていません。やはり若い頃、フランスの選手権に出ていたんです」

「父からはたくさんのことを学びましたね。まず良かったのは、父が私を女の子ではなく、レーシングドライバーとして扱ってくれたこと。また、私に対して、常に正しく話をしてくれました。そのおかげで私はいつもレースに集中できたんです」

「カート時代、父は私のメカニックでしたし、一緒にフランスの選手権で勝利しました。母も私がやっていることに対して、ハッピーに思ってくれていますよ」

■フェラーリ・チャレンジで14戦9勝

 2019年フランス・カート選手権の女性部門でチャンピオンとなったパンは、翌年4輪レースにステップアップ。その後、女性ドライバーで戦うアイアン・デイムスのプログラムに加わり、2021年にはミシュラン・ル・マン カップに出場。2022年には同プログラムからフェラーリ・チャレンジ・ヨーロッパのプロクラスにフル参戦し、14戦9勝という圧倒的な成績でチャンピオンになっている。

 同時に、スポット参戦ながら、WECのLMGTEアマクラス、GTワールドチャレンジ・ヨーロッパなど各種のレースに参戦し、腕を磨いてきた。そして、昨年のWEC最終戦・バーレーンの後に行われたルーキーテストで、初めてLMP2マシンをドライブする機会に恵まれた。

「LMP2を初ドライブした時は、クルマが本当に素晴らしいと感じました。GTとはまったく違いましたね。車重はGTよりもうんと軽くて、ダウンフォースはより大きいですから。そのおかげで、クルマがすごく安定していますし、シングルシーターに近い感覚です。衝撃的でしたし、“メガ”でした」

2023年のWECでドリアーヌ・パンがドライブするプレマ・レーシングの63号車オレカ07・ギブソン

■ニックネームは『ポケット・ロケット』。その意味は……

 テストの結果、パンは今年見事にLMP2でのWECフル参戦を実現。元F1ドライバーやファクトリー契約がある実力派ドライバーたちがひしめくクラスだが、その中でも輝きを放っている。男性陣に混じって戦うのはタフなのではないかとも思うのだが……。

「いいえ。大変ではありません。私は毎日トレーニングしていますから。朝は自転車に乗って、午後からはジムに行くので、1日4時間ぐらいですね」

「私にはトレーニングコーチがいて、用意されたプログラムに取り組んでいます。常に、次のステップに対して準備しているんですよ。LMP2に乗りたいと思っていたので、それに向けてトレーニングを積んできました。だから、フィジカル面は万全です」

「長身のダニールやミルコとクルマをシェアしていますが、それも問題ないですね。追加のシートを入れることで大丈夫。ペダル位置もステアリング位置も同じで走れるんですよ」

 そんな彼女は、プライベートも含めて今回が初来日。少し早めに日本に入って、観光も楽しみたいそうだ。もちろん、レースウイークに富士を訪れるファンの方達とも初対面となるが、こんなメッセージを寄せてくれた。

「私の挑戦やこれからの道のりをできるだけ多くの人たちとシェアしたいです。日本に行くのが待ちきれないですし、日本のファンの方にもお会いしたいですね。きっと富士はいい雰囲気なんじゃないかと期待しています」

「ちなみに、私のあだ名は“ポケット・ロケット”。ポケットは『小さい』という意味で、ロケットは速いからっていうことだと思うんですけど。皆さんにもそう呼んでいただければいいなと思っています」

ドリアーヌ・パン 2023年ル・マン24時間レース

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