社説:タイの新政権 民主化へ手腕問われる

 5月のタイ下院総選挙を受けた首相選で、タクシン元首相派「タイ貢献党」の元実業家セター・タビシン氏が新首相に選出された。親軍派の2党を含む計11党の大連立政権が発足する。

 総選挙では、王室改革を訴える革新系野党「前進党」が第1党に躍進し、2位の貢献党と合わせて過半数を獲得した。2014年のクーデターで実権を握ったプラユット首相らの親軍与党は大敗した。

 前進党は党首のピター氏に首相候補を一本化して貢献党など計8党の連立政権を目指したが、実現しなかった。

 親軍勢力の排除という民意に反する大連立には、国民の厳しい目が向けられよう。

 1回目の首相指名選挙で軍が任命した上院議員の大半が棄権するなどし、ピター氏は過半数を獲得できなかった。2回目の立候補も親軍派議員らが異議を唱え、認められなかった。

 タイでは首相指名選挙の仕組みが軍政に有利になっており、これまでも選挙の結果が覆される歴史が続いてきた。

 閣僚ポストはタクシン派が8閣僚、親軍派が4閣僚で合意しているという。「真の民主化」のためには、首相指名の仕組みなど抜本的な改革が欠かせない。

 国情の安定と経済再建の加速を求める声も強く、経済界などは今回の大連立を支持している。

 これ以上の内政混迷を避けると同時に、総選挙で明確に示された民意の実現をどう進めるか。セター氏の手腕が問われる。

 かつて「民主化の優等生」とも呼ばれたタイは、貧困層とエリート層の対立で混乱し、「安定最優先」を掲げる軍のクーデターが繰り返されてきた。

 19年に民政移管の総選挙が行われたが、政治への軍の影響力は憲法に盛り込まれ、「見せかけの民主主義」だとして政権打倒を目指す市民のデモが拡大した。

 東南アジアでは民主化に逆行する動きが目立つ。隣国のカンボジアでは世襲による新内閣が承認され、フン・セン氏一族らが政権を私物化している。

 ミャンマーでは2年前のクーデターで国軍が圧政を敷き、民主的な選挙制度を維持するフィリピンでも強権政治が際立つ。

 タイの新政権の行方は東南アジア全体にも影響しよう。多くの企業が進出し、観光客の行き来でも日本とタイの関係は緊密だ。民主化への取り組みを注視し、支える方策を探りたい。

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