世界が注目する福岡の屋台、新規参入は倍率5倍の狭き門 条例施行から10年、一時は衰退の危機もコロナ乗り越え回復

福岡市の繁華街・中洲の屋台で乾杯する訪日観光客ら=8月22日

 歩道脇にならんだ開放的な屋台、その軒先にはラーメン、焼き鳥などと書かれた赤ちょうちんがぶら下がる。福岡市には国内有数の100軒を超える屋台が集まる。観光のシンボルとして外国人の観光客からも人気だが、一時は営業に関する規制強化で衰退に拍車がかかった。だが市は2013年9月に営業ルールを定めた全国初の「福岡市屋台基本条例」を施行。営業の適正化を進め、観光資源として活用する方針に転換した。店主の高齢化や新型コロナウイルス禍も乗り越え、客足は回復基調にある。代表的な中洲の屋台街や戦後に誕生したとされる歩みを取材した。(共同通信=滝田汐里) 

 ▽人気メニューはギョーザとめんたいこ 

 福岡市内の屋台は、歓楽街の中洲や市中心部の天神、ラーメンで有名な長浜の3地区に多い。8月下旬の夜、オーストラリアのシドニーから夫と中洲の屋台を訪れたシャーロン・マロサさん(52)は「雰囲気がきれい。とても楽しい」と笑顔で話し、客同士で乾杯した。 

 韓国の釜山から「博多屋台 中洲十番」を訪れた大学生の朴慧彬さん(18)も「日本の夏を感じたくて来た。料理をしているのを間近に見ながら食事ができるのが魅力的。ラーメンもおいしい」と満足げな様子だ。 

福岡市の繁華街・中洲の屋台で乾杯する訪日観光客ら=8月22日

 中洲十番の店主、田中博臣さん(50)によると、客の4割近くは外国人観光客で、福岡へのアクセスがいい韓国からの客が多い。8月に中国政府が訪日団体旅行を解禁したこともあり、最近は中国人客が増えてきた。平日の夜にもかかわらず、店内はほぼ満席状態。田中さんは「インスタグラムなどSNSの効果もあり、開店前から待っている客もいる」と汗を拭った。 

屋台が軒を連ねる福岡・中洲を行き交う観光客ら=8月22日

 以前の客層は、一次会が終わって流れてくるサラリーマンが多かったが、最近は若い世代のカップルや友人同士も増えてくるなど変化を感じている。人気のメニューを聞くと「ギョーザとめんたいこ」。やはり福岡グルメだ。 

 米有力紙ニューヨーク・タイムズは1月12日の旅行欄で「2023年に行くべき52カ所」を特集し、世界各地の19カ所目に福岡市を取り上げた。夜は屋台が並び、ラーメンや焼き鳥、おでんなど多様な料理が楽しめると評価した。福岡市の屋台では「生もの」の提供が認められていないため、ラーメンや焼き鳥を扱う店が中心だが、最近はフレンチや中華など海外料理を提供する変わりダネも出てきている。 

 ▽「一代限りの営業」から新規参入の公募制に 

 屋台は終戦後、日本各地に広がった。海外から引き揚げてきた人たちが屋台の営業を始め生計を立てたが、衛生面を懸念した連合国軍総司令部(GHQ)の意向で廃止された。ただ、福岡では屋台経営者が組合を設立して存続運動を展開し、国などとの交渉で営業にお墨付きを得た。 

 最盛期の1965年ごろには市内で400軒を超えた。一方で営業許可を受けた店主以外の人が営む「名義貸し」が横行したり、歩道の占拠や汚水をたれ流したりするなどの問題も発生した。そのため1995年に福岡県警が店主を「原則一代限り」と規制し、市も追随したことで軒数は先細りとなり、いずれ消滅する可能性が出てきた。 

 その後、市は屋台が重要な観光資源でもあることから共生を模索。2013年9月に施行した屋台基本条例で、料金表の明示や市道の使用時間(午後5時~翌日午前4時)の順守などルールを明確化した。2016年からは公募による新規参入を認め、これまでに計4回の公募が行われた。公募では筆記試験や面接を経て合格者が決まる。店舗営業に比べて開業コストを抑えられるため、参入希望者は少なくない。昨年8月から行った公募では、13の区画に対して65人が応募し倍率は過去最高の5倍に上った。 

 福岡市内の「三大屋台街」の一つの長浜地区では、条例施行時に15軒ほどが並んでいたが店主の高齢化による廃業などで実質1軒しか営業していない状態が続いていた。だが、今年6月以降、4回目の公募で合格した店主らがめんたいこ専門などを新たに出店。計10軒近くにまで増え、屋台街が復活した。新店主の平均年齢は37歳と若返った。 

 長浜地区は繁華街から少し離れている一方で鮮魚市場が近くにある。時間に追われる市場関係者に早く提供できるよう、ゆで時間の短い「極細麺」や「替え玉」などが生まれ、長浜ラーメンにつながったとされる。 

福岡市・長浜地区に復活した屋台街=6月

 ▽「屋台は文化、次世代に残ってほしい」 

屋台の魅力について話す福岡市の高島宗一郎市長=8月31日、福岡市役所

 福岡市は、各屋台の名物料理をウェブサイトで紹介するなど情報発信も強化してきた。高島宗一郎市長は屋台基本条例の施行10年の節目を迎えたことについて「福岡市の屋台は歴史的な文脈があり、存在が非常にユニークで、福岡の一つの文化と言える。長浜屋台街の復活に皆さんから温かい歓迎の声をもらうなど、ようやくこの状況まで来たなという思いだ。新陳代謝をしながら、これからも次世代に残り続けていってほしい」と語った。 

 屋台業者が加盟する福岡市移動飲食業組合の迎敬之組合長(49)は「市が屋台を宣伝してくれる効果は大きい」と歓迎する。いわば「公式」の存在となったことで、市役所前の広場で行われる行事に呼ばれたり、7月に福岡市で開催された世界水泳選手権のイベントにも参加できたりするようになった。迎さんは、屋台条例についても「条例のおかげで、なあなあだったルールが明確化され、上下水道の整備も進んだ。メリットの方が断然多い」と話す。 

軒先の赤ちょうちんに明かりをともした屋台が並ぶ福岡市の繁華街・中洲=6月

 ▽観光客や地元住民が集まる地域の資源 

 地域活性化の観点でも屋台は注目されてきた。十勝平野が広がる北海道帯広市では、2001年から「北の屋台」と名付けられた屋台村がオープンし、秋はシシャモの刺し身など四季折々の食を楽しめる。鹿やヒグマなどのジビエ料理を提供する店もあり、最低気温がマイナス20度になる冬でも7千人ほどが訪れるという。 

 広島県呉市の蔵本通りにも約10軒が立ち並ぶ。呉市においても店主の高齢化や後継者不足により一時軒数が減少したが、市民から屋台の衰退を惜しむ声が上がり、再生に向けた方策を検討。2002年に「蔵本通りの屋台に関する要綱」を制定し、新たな屋台営業者を公募する制度を導入した。 

 屋台文化は国内だけでなく海外にも根付く。韓国・ソウルの中心部、東大門にある「広蔵市場」では、トッポッキやスンデ(腸詰め)などローカルフードの屋台が軒を連ねる。7月末に訪れると、午後10時半を過ぎても営業している屋台に観光客や地元住民が集まりにぎわっていた。台湾・台北にある「士林観光夜市」も人気の観光地で、屋台が密集し、臭豆腐などの独特のにおいが訪れた人々を誘う。

韓国・ソウルの中心部、東大門にある「広蔵市場」の屋台=7月

 

 ▽新たな出会いが生まれる場所、屋台の魅力を実感 

 観光と地域経済に詳しい西武文理大の中谷勇介教授は、福岡市が屋台を「公共財」として位置づけ、営業の適正化と保護を通じて積極的に関与してきたことを評価し「不明朗会計など以前はグレーな部分もあったが、条例施行後は日本人だけでなく訪日客も安心して利用できる存在になりつつある。結果として福岡市の都市力向上に寄与しているのではないか」と指摘した。 

 時には国籍を超えて見知らぬ人同士が隣り合い、新たな出会いが生まれる場所でもある屋台。観光客が行き交い、活気づく街を取材する中で、規制強化から緩和などの曲折を経て福岡の代表的観光地として親しまれるようになった経緯を知った。福岡に「もう1泊」してもらうための文化を、市全体で存続させていこうという強い思いが見えた。

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