【インタビュー】ガンバ大阪で飛躍の左SB黒川圭介が説く!ポヤトス流、ゲームメイカー型サイドバックの視点。

近年は不振を極めていたガンバ大阪が台風の目となっている。

今季からクラブ史上初のスペイン人指揮官ダニエル・ポヤトス氏を招聘するも、開幕14戦わずか1勝で最下位。監督の去就問題に揺れたが、以降の12戦で8勝2分2敗。この間に22得点を挙げて、順位も11位まで急浮上。表看板の「攻撃サッカー」が蘇ったうえでのV字回復は本物だ。

そんな快進撃を続けるチームで、今やリーグを代表する左サイドバック(SB)として活躍する黒川圭介。ゲームメイクにも関わる類まれなSBに、チームに浸透してきたポヤトス監督のサッカー、自身のプレーやキャリアについて、じっくりと話を訊いた。

吹っ切れた新潟戦の勝利で自信を掴み、良いサイクルに

――開幕14戦1勝で最下位、そこからの連勝街道には何かキッカケがあったのですか?

「なかなか勝てずに最下位にまで沈んでしまって、吹っ切れた部分もあると思います。

どん底を経験したことで、チームとして、『ポヤトス監督のもとでキャンプから継続して取り組んでいるサッカーを思い切って表現しよう』となりました。そういうマインドで臨んだアウェイでの15節・アルビレックス新潟戦で勝てたことで、チームにも少し自信が生まれました。

1つ勝てたことで継続してきたことが徐々に試合でも発揮できるようになり、それが新たな自信となり、さらなる結果に結びつき、連勝にも繋がるという良いサイクルが生まれていると思います」

――その新潟戦で黒川選手が挙げた今季初ゴールもポヤトス監督のサッカーが表現されたものでしょうか?

「バイタルエリアを外側から斜めに走って相手の背後を突く攻撃で、カホン(スペイン語cajón)と呼ばれる崩し方の1つです。川崎フロンターレさんもよくされる攻撃で、深いエリアに進入できると大きなチャンスが生まれやすいですね。

新潟戦のゴールは背後のスペースを狙っていた自分を、石毛(秀樹)選手が上手く浮き球で落としてくれたからこそ生まれました。この形はトレーニングでも実践しているので、狙いが上手くハマった形でしたね」

――難解だとされるポヤトス監督のサッカーをどう捉えていますか?

「ダニ(ポヤトス監督の愛称)のサッカーは、『ボールを繋いで試合の主導権を握り続けるのが絶対』というわけではありません。相手の出方や動き方を見て、どこに数的優位が出来ていて、どこにスペースがあるのか?ということに重点をおき、考えながらプレーする。

もちろん、1試合1試合の相手が違うので、スペースができる場所も変わります。いかに自分たちが攻撃を仕掛けるためのスペースを見つけて、そこにボールを持っていけるか、というのが重要視されています」

――『ガンバの新しいスタイルはコレだ!』と言うよりも、選手個々のサッカーIQが高まり、攻守に整理されたサッカーというイメージですか?

「個々のサッカーIQが上がったというのもありますし、その中からピッチに出ている11人が状況に適した答えを統一して導き出せるようになってきたと思います。

結果が出ていない時期は簡単なミスから失点したことも多かったので、リスクを冒さないシンプルなプレーが増えていたのですが、徐々に自分たちがやりたいプレーも織り交ぜることができるようになってフィットしてきました。

監督の狙いや自分達のやりたいことがある一方で、最近の試合では相手や状況を見てリスクをかけ過ぎずバランスも意識し、上手く試合を運んで勝利につなげられていると思います」

――黒川選手はピッチ上で外国籍選手とコミュニケーションをとることが多いですよね?時には3人くらいに囲まれているのも目にします。

「多いかもしれません。ピッチの左半分にいる日本人選手が僕1人だけの時もあるので。試合中の会話はサッカーに関することだけなので、簡単な英語や日本語、ジェスチャーで伝えています。

同サイドのインサイドMFにダワン、ウイングに(ファン・)アラーノが入る時もありますし、アンカーにネタ・ラヴィもいるので、自分がパスを出す先やスペースをどう使うのか?攻撃参加した時のカバーに入るポジショニングの確認などを共有しています。

そういう細かい意識のズレが綻びとなって失点することもありますし、逆に意思疎通次第では得点に繋がる場面もあります。

今いる外国人選手たちは日本人選手たちをリスペクトしてくれていますし、そのうえで自ら積極的に意見交換もしてくれます。そんな彼らを僕らもリスペクトしていますし、お互いに言い合える良い関係を築けています」

――外国人選手たちとの関係もそうですが、SBだとタッチライン際でポヤトス監督の指示を受けて、他の選手たちに伝える役割もあります。ガンバは外国人監督が成功できない例が多いですが、黒川選手がサポートしている面が多そうですね。

「いえいえ、それは言い過ぎでしょ(笑)。でも、試合中に監督の指示を伝えるのは僕の役目です。

監督の指示をピッチにスムーズに反映させるためにも、敢えてそのまま他の選手に伝えるのではなく、普段から監督が掲げているコンセプトや意思に沿って、自分の考えも加えて伝えるようにしています。

だからこそ、『この立ち位置をとってくれたら、こういうボールの動かし方ができる』ということを試合中にもよく考えています」

G大阪のポヤトス監督(セルティック戦前日会見)写真提供:ガンバ大阪

攻撃サッカーが蘇ったG大阪に新たな時代が到来

ポヤトス監督は普段のトレーニングにおいて、ビルドアップでのボールの動かし方や攻撃の仕掛け方、守備の構築など、課題に対する解決策を提示するものの、それを「手段の1つ」だと言い、「絶対ではないし、正解だと思わなくて良い」と指導している。

また、選手たちのアイデアを採り入れたり、選手たちの自信に対してアプローチしながらチーム作りを行っている。

G大阪は2002年から2011年まで指揮を執った西野朗監督時代に、攻撃的なサッカーを全面に打ち出して最初の黄金期を迎えた。当時のチームに所属していたMF寺田紳一(FCティアモ枚方コーチ)とFW川西翔太(カマタマーレ讃岐)に話を聞く機会があり、「特別なチームでした」という当時のトレーニング時のエピソードを話してくれたのを思い出す。

よく西野監督が設定したトレーニングメニューに対して、MF遠藤保仁(現ジュビロ磐田)が異なった解釈をするのだ。「これでもいけるんじゃない?」と監督の意図にアクセントをつけて提案するのだが、それを西野監督は許容する。これを他クラブでやってしまうと、逆に監督や他の選手からの信頼を失うことがあるそうだ。

「プレーヤーズ・ファースト」で指導にあたる西野監督らしいエピソードだが、遠藤の提案から派生し、選手達がアイデアを積み重ねて主体的にプレーするチームはワクワクするもので、この辺りが「特別なチーム」のカラクリだったのだろう。

ポヤトス監督体制のG大阪は、以前より主力選手の顔ぶれが変わり、より組織的で、現代サッカーの流れにある型へとアップデートされているが、近年全く見られなかった“ガンバらしさ”が溢れている。

今季のチームにクラブの表看板である攻撃サッカーが蘇った背景には、こうした黄金時代に似たトレーニングの進め方があるのではないかと感じる。

どうやら新たな時代の幕が開いたようだ。

大学時代のライバル、三笘薫や旗手怜央からの刺激

兵庫県明石市出身である黒川は5歳の頃からサッカーを始めた。最初に憧れを抱いたのは、旅行先で見た鹿島アントラーズだった。

「母親が当時の鹿島のエース・柳沢敦さん(元日本代表FW/現鹿島ユース監督)のファンだったのもあって、練習場に見学に行ったんです。そこでファンサービスの時間があって、僕も持っていた日韓W杯仕様のボールにサインしてもらおうと投げ入れたら、変なところに飛んでいっちゃって(笑)。すると、柳沢選手がリフティングで返してくれたんです。憧れちゃいますよね。それは今も鮮明に覚えています」

小学生時代は千葉県で過ごし、地域のクラブに所属。5年生になって兵庫県に戻り、元日本代表MF香川真司(セレッソ大阪)を輩出した現・センアーノ神戸の前身「FCライオスJr.ユース」に所属。中学年代にはヴィッセル神戸伊丹U15でプレーしていたものの、神戸ユースへの昇格はならず、大阪桐蔭高校へ進学した。

「ヴィッセル伊丹から先輩方が進学されていることもあって練習見学に行ったのですが、当時の3年生に三浦弦太選手(現G大阪の元日本代表DF)や白井康介選手(FC東京DF)がいて、レベルが高いことがすぐに分かりました。夏のインターハイでベスト4にも進出され、スタイル的にもパスを繋いでいくサッカーであることもあり、自分の特徴に合っていると感じて進学を決めました」

通算9度の全国制覇を誇る野球部の活躍が有名な同校だが、近年はサッカーでも功績を上げている。とはいえ、Jユースから高体連へと移り、環境面での変化は著しかった。

「ユースに行けなかった選手が高体連でプレーしているというイメージもあるので、悔しかったですし、ユース組には負けたくない気持ちもあります。1年生の時は大変でした。先輩より早く行って練習の準備もしないといけないですし、夏の練習試合の設営は試合をするまでが地獄でした。ただ、サッカー以外の面を厳しく指導されていたので、すごく勉強になりましたね」

高校卒業後は関西大学へ進学。GK前川黛也(ヴィッセル神戸)、DF荒木隼人(サンフレッチェ広島)ら、後にJリーグでも指折りのプレーヤーとなる先輩が名を連ねるチームにおいて、黒川は1年の時から左SBとして定位置を掴んだ。

同じ関西学生サッカーリーグ1部には現在のG大阪の司令塔MF山本悠樹が関西学院大学、覇権を争う大阪体育大学にもFW林大地(ニュルンベルク)が在籍。全国を舞台にした大会では筑波大学のMF三笘薫(ブライトン)、順天堂大学のMF旗手怜央(セルティック)、1つ年下の法政大学FW上田綺世(フェイエノールト)らとも対戦して鎬を削った。

「三笘とは1年のインカレの時に対戦して、途中出場の彼にゴールも決められてしまったんですけどね。旗手や綺世とも対戦しました。大学時代に対戦した選手たちとは大学選抜で一緒にプレーしていたので面識があり、彼らの活躍には刺激をもらっています。プロ入り後も彼らがJ1で主力としてプレーし、東京五輪に出場する選手も多かったですから」

もがき続けた2020年、ガンバ大阪U-23への感謝

大卒1年目の黒川は、「もがき続けていた」。日本代表経験があり、絶対的な存在だった左SB藤春廣輝が欠場する際、代役には急遽MF福田湧矢がコンバート起用されるほど、トップチームでの出場機会は限られた。

しかし、主戦場となったJ3リーグを戦う「ガンバ大阪U-23」での1年が彼を変えた。なお、2020シーズン限りで解散となったU-23は、MF堂安律(フライブルク)やFW中村敬斗(スタッド・ランス)ら、現在の日本代表選手を輩出している。

「自分は大卒で加入しましたし、4年生の頃から特別指定選手としてルヴァン杯やJ1の試合にも出場させてもらいました。だからこそ、1年目から即戦力として活躍して、東京五輪にも出場するという目標をたてていたんですけど、それとはほど遠い現実に直面しました。

クラブも大卒の選手は即戦力として獲得しているはずなので、U-23でプレーしていることには悔しさだったり、歯がゆさだったりも感じました。それでも、シーズン中は年間を通しても練習試合を組める回数が限られる中、J3という公式戦を戦えるのは大きかったです。

当時のU-23を指揮された森下仁志監督(現在、JFLの高知ユナイテッドに派遣中)は、僕の心中も察して、『圭介は絶対にJ1で活躍できるから』と、厳しくも愛のある指導をいただきました。もがきながらも頑張れたのは、そういった環境や指導者に恵まれたからだと、今でも感謝しています」

ゲームメイク型SBに必要な「間接視野」

SBながらゲームメイクにも関わる黒川の視野の広さは、「間接視野」がベースとなっている。写真提供:ガンバ大阪

黒川は中学3年時、「スピードがあって、左利きであること」を買われて左SBにコンバート。ただ、もともとはトップ下やFWなど得点に直接絡むポジションを担っていたからだろう。タッチライン際をアップダウンするだけでなく、内側へ攻撃参加して華麗なスルーパスを通して見せるなど、SBながらゲームメイクにも深く関わっている。

「コンバートには最初少し抵抗はあったんですけど、素直に受け入れられました。対人守備やボールが逆サイドにある時のポジショニング、1列前のサイドハーフとの連携など、今までやったことがないことだらけでした。

でも、自分の前にスペースが拡がっていて、前に攻撃参加で上がっていけるという感覚はこのポジションにしかない。そこにSBの面白さを見出しました」

――コンバートされるにあたって参考にしていた選手はいますか?

「レアル・マドリーでプレーしていたマルセロ選手(元ブラジル代表/現フルミネンセ)ですね。シンプルに技術的に上手く、よくプレー集も観ていました。

そして、ジョルディ・アルバ選手(元スペイン代表/インテル・マイアミ)ですね。フリーランで裏をとる、ワンツーで出ていく、ワンツーをされたら戻って来るなど、走り出すタイミングが凄く上手な選手なので参考にしています。

新潟戦のゴールもまさしく、バルセロナ時代から続くリオネル・メッシ選手(アルゼンチン代表/インテル・マイアミ)とアルバ選手のホットラインのように、裏にボールを落としてもらう形でしたしね。

実はダニからも、『圭介はジョルディ・アルバになれるよ』と言ってもらっているので、最近はアルバ選手のプレーを見ることが多くなっています」

相手がどんなチームであれ、SBはボールの奪いどころとして狙われ、最も強いプレスを受けることが多いが、黒川は闇雲に蹴り出したりはしない。持ち前のキープ力の高さと視野の広さを活かして的確にビルドアップし、組み立てから崩しの局面へと直接関わっていく。

――第23節の横浜F・マリノス戦で1-1の同点となるゴールの起点となった縦パス(上記)は、視野が広い黒川選手の真骨頂だと思います。いつもどこを見ているのですか?

「なるべく遠くを見るようにしています。遠くを見ることによって、近くも視野に入ってきます。“間接視野”と呼ぶのですが、僕はそれがよく見えるんです。

マリノス戦の縦パスも、僕は左に流れていたMFダワン選手からボールを受けたので、最初は大きなスペースが拡がっている逆サイドに展開しようと、右SBの選手を見ていました。それがチームとしての狙いであり、セオリーです。

でも、僕がボールを受けようとした瞬間、間接視野で山本選手が斜めに動き出してマークを外しているのが見えたんです。そこで僕は逆サイドに蹴るフリをして、縦にクサビのパスを刺し込みました。

縦方向の場合は1トップを見ることによって、トップ下やボランチの選手も視界に入ってきます。遠くを見れば自然と近くも見えてくる、というのが僕の考え方です」

――MF遠藤保仁選手も視野の確保の仕方に「間接視野」を挙げられていましたよ!

「え?本当ですか?それはめちゃくちゃ嬉しいですね!」

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――それでは最後に今季の目標を教えてください。

「シーズン前に個人としての目標は、ゴールとアシストを足して『10ポイント』と掲げました。今、2ゴール2アシストなので、(残り9試合で)あと6点に絡めるように、常に積極的なプレーを心掛けていきたいと思います。

チームとしてはベスト8に進出しているルヴァン杯もありますし、リーグでは1つでも上の順位に上げていくことが目標になります。連勝や無敗が続くようになってきたことで自信ももてましたし、そういう意味ではメンタルの重要性を感じるシーズンになっています。

結果を出すことによって自分達のサッカーを確立し、また新たな引き出しも披露していきたいと考えています」

――まだまだ新しいガンバが見れるということですね。非常に楽しみです。本日はありがとうございます。

写真提供:ガンバ大阪

[プロフィール]黒川 圭介(くろかわ けいすけ)

1997年4月13日生(26歳)兵庫県明石市出身 173cm/70kg

2018年12月、大学3回生ながらガンバ大阪への加入が内定。翌2019年は特別指定選手として4月のルヴァン杯・ジュビロ磐田戦で公式戦デビューし、アシストも記録。同年5月にはJ1デビュー。2022年より主力に定着し、同年のホーム試合で年間通じて最も活躍した選手に贈られる『ミスターガンバ・黄金の脚賞』を受賞。今季も第25節終了現在、累積警告による出場停止1試合を除く24試合に出場して2ゴール2アシスト。パスの受け手だけでなく出し手にもなれるゲームメイカー型SBとして、日本代表入りも期待される高水準なプレーを続けている。右足でシュートを放つことが多いが、パスは左足。足も手も生粋の左利きで、文字を書く時だけは右手を使う。

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