里山で進む「監視社会」 石木ダム事業認定の告示から10年 対話なく、行き交うダンプ【ルポ】

石木ダム左岸の法面工事が進む建設予定地=川棚町(荒木勝郎撮影)

 長崎県と佐世保市が東彼川棚町に計画する石木ダムは6日、土地収用法に基づく事業認定が告示されて10年を迎えた。「反対地権者との話し合い進展に極めて有効な方策」(県)との触れ込みで始まった事業認定だが、この間、現場にもたらされたものは対話でも冷静客観な議論でもなく、重機とコンクリートだった。

 のどかだった里山は「監視社会化」が進む。
 十数年ぶりに訪れた川原地区のダム建設予定地。工事現場近くの法面や田畑、空き地など、あちらこちらに監視カメラが置かれ、住民の動きを「機械の眼」が追う。
 「高性能らしくてね。今日は抗議の座り込みにどこの誰が来ているのか、顔の表情まで映るらしい」。地元住民で絶対反対同盟メンバーの炭谷猛さん(72)はあきれ顔で言う。

 工事箇所が増えるにつれカメラも増殖。炭谷さんは県の強硬姿勢も比例して増幅していると感じている。
 「話し合いの進展なんて方便。この10年、県がやったことは反対地権者13世帯の宅地を含む全用地の取得と問答無用の工事。要は『工事の進展に極めて有効な方策』だったのさ」
 
 目に見えて変わったのはカメラの増殖だけではなかった。
 
 ダム左岸側の法面になるであろう高台は広範囲がコンクリート舗装された。住民の耕作地には土砂が搬入され、田植えができなかった人もいる。山の谷間には付け替え道路用の巨大な橋脚がそびえる。行き交うダンプに土ぼこり。住民の営みを壊し、自然を壊し、景色が以前に比べ灰色になった気がした。
 
 抗議の座り込みテントに1冊の本があった。熊本県の川辺川ダム建設に疑問を持つ人々がつづった「川辺川の詩」(海鳥社)。しおり代わりだろう。隅を折り曲げたページを開くと住民の思いを代弁するようにこんな詩がつづってあった。

 私は「ダムができる前はよかった」と負け惜しみを言いたくない。
 私は後で失ったものの大きさを惜しみたくはない。
 私はへそ曲がりですか。(一部抜粋)

 石木ダムの反対運動は半世紀近く続いてきた。公共事業の必須条件たる「公共の福祉たり得るかどうか」にずっと首をかしげながら。

 座り込みを続ける絶対反対同盟の岩下すみ子さん(74)が記録用ノートを見せてくれた。1ページ目には1960年代、熊本、大分県境の下筌(しもうけ)ダム建設で抵抗運動を率いた故・室原知幸さんの有名な言葉が記されている。
 
 「公共事業は理に叶(かな)い、法に叶い、そして情に叶う必要がある」
 
 果たして石木ダムに当てはまるのだろうか。

© 株式会社長崎新聞社