大地震と富士山の噴火、重なったらどうなる? 災害医療のエキスパートが語る「相当厳しい現実」 11月に「最悪」を想定して訓練

丸印を地図につけて話し合う様子=6月27日、横浜市(神奈川県庁)

  医療従事者らがこの秋、複合災害を想定した訓練を企画している。地震が起きてすぐに富士山も噴火をするという「最悪の事態」だ。地震がなくても、富士山が噴火すれば広範囲に大きな被害が出る。企画した災害医療のエキスパートで神奈川県理事の医師、阿南英明さんは「相当厳しい現実に直面することになる」ときっぱり。「太陽の光が遮られ、視界がなくなる。車は使えない。歩いても目や口から灰が入る。病院にいけばなんとかなるというイメージがあるだろうが、その前提も崩れる」。だからこそ訓練が必要だと阿南さんは言う。そこには東日本大震災や新型コロナウイルス感染症への対応に関わってきた経験があった。(共同通信=村川実由紀)

11月に実施する訓練の準備で、挨拶する神奈川県理事の医師、阿南英明さん=6月27日、横浜市(神奈川県庁)

▽降り積もる灰
 6月27日、横浜市の神奈川県庁に医療関係者らおよそ70人が集まった。11月に実施する訓練の準備だ。会議室の端にあるホワイトボードには神奈川県の地図が貼られている。それを眺めていた阿南さんは突然、赤いペンで複数の地点に丸印を付け始めた。
 「地震が起こった時、地域ごとにどこの病院に拠点を置くか、考えている」
 人口と病院の場所、アクセス、規模、建物、水道や電気といったインフラ、一口に病院といっても同じではない。災害が起こればけが人や健康上の問題を抱えた人は近くの病院に集まってくるだろう。でも、その病院が安全な場所ではなくなっているかもしれない。

会議には医療関係者らが集まった=6月27日、横浜市(神奈川県庁)

 訓練で想定するのは、震度7の地域もある関東大震災型の地震と、続いて起きる富士山の噴火による広範囲の降灰だ。地震で建物が壊れ、電気が使えず、医療機器が動かせなくなり、診療を続けられなくなる病院が出ることになる。
 地震だけなら物流が徐々に回復して復旧を目指せる。ただ噴火が起きればそうした見通しがつかなくなる。「神奈川県では他県とは違い、火砕流よりも降灰の影響が圧倒的に多いはずだ」。東京や千葉でも降灰の被害は出るかもしれない。
 灰が積もれば、車も公共交通機関もヘリコプターも使えなくなる。そうなった場合、それぞれの病院は耐えてしのぐ必要がある。物資の補給がなく、患者を他の医療機関に搬送できない。そんな環境下を何日も診療を続けることを考えると、手厚い備えが必要になる。「その現実を受け止めないと起こってしまった時の対応はできない。今はその準備ができていない病院が多すぎる」

横浜・大黒ふ頭に停泊するクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」。上は待機する救急車両など=2020年2月(共同通信社ヘリから)

  ▽多くの命を救う
 「最悪の事態に備えて全てのトラブルを想定したい」。阿南さんのその姿勢は、災害派遣医療チーム(DMAT)として東日本大震災の現場などで災害医療に関わったり、新型コロナウイルス感染症対策に最前線で関わったりした経験からきている。
 2020年2月、大型クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」で乗客らの新型コロナウイルス集団感染が判明した際、神奈川県の藤沢市民病院の副院長だった阿南さんが県内のDMATを率いて横浜での対応に当たった。当時は、どう感染が広がるのか、発症した場合にどんな経過を辿るのかといった情報も限られ、「未知の病気」と恐れられていた。
 患者の搬送の調整などをするため、各地の病院で働くメンバーに招集を掛けた。すぐに応じたのは、日頃から災害が起こる事態を想定していた人たち。「このメンバーがいなければ乗り越えられなかった」と感謝する。
 その時の教訓を機に、行政への関与を強めた。神奈川県の理事になり、医療危機対策を担当。新型コロナウイルス対策では、厚生労働省の「アドバイザリーボード」という有識者会議の委員も務める。役割は、感染状況を分析、評価して国の施策に助言することだ。

専門家有志として会見する阿南さん(左端)と尾身さん(右端)=2022年8月2日、東京・内幸町

 実際、法的な位置付けが「2類」から「5類」に変わる前にどう体制を変えていく必要があるのか、専門家有志の意見を取りまとめ、尾身茂・新型コロナウイルス対策分科会長(当時)らと日本記者クラブで記者会見もした。
 その結果、肩書も増えた。神奈川県理事、神奈川県立病院機構参与…「困ったところがあれば呼ばれるよろずやのようなもの」と自身を称する。
 さまざまな場所で培った経験から、こう考えるようになった。「災害医療の体制改善はだれかが考えないといけない」

地図を眺める阿南さん=6月27日、横浜市(神奈川県庁)

 災害現場ではいろいろなことが起きる。2011年の東日本大震災や2016年の熊本地震にDMATとして出動した際は、余震が活動の支障になった。東京電力福島第1原発事故では、人を出せないこともあった。「過去の災害をベースに対策を考えることは大切だが、さらに複雑な条件や変化を想定して備える必要がある」。現場で痛感したのは、どんなことが起こり得るのかと想像力を働かせること。その考えが「最悪の事態」の想定につながる。
 11月の訓練は25、26日の2日間。神奈川県の複数の病院を舞台に、関東全域のDMATや行政などの関係者らおよそ千人が参加する。一般の人は参加できない。訓練本番に向けた準備も抜かりないという。「プロセスを大切にしないと本番に有効に機能しない」という考えからだ。本当の災害時に、できる限り悲劇を回避するために。

© 一般社団法人共同通信社