平川亮の“確信的反抗”。無線を無視してポルシェをパスも「あれが彼の生き様」と佐藤社長は笑顔【WEC富士】

「順位を入れ替えて、ポルシェにチャレンジさせてほしい」

 レース中盤のスティントを任されたトヨタGAZOO Racing・8号車GR010ハイブリッドの平川亮は、無線でそうリクエストしたという。

 9月9日に行われたWEC世界耐久選手権第6戦富士。序盤で他車にヒットされたことで出遅れた8号車だったが、その後セバスチャン・ブエミがリカバリーを見せ3番手で平川へバトンタッチ。平川も好走し、前をいく僚友7号車のホセ・マリア・ロペスに追いつきつつあった。7号車の前には、スタートでトップを奪ったポルシェ・ペンスキー・モータースポーツの6号車ポルシェ963がいたが、ロペスはオーバーテイクの決め手を欠いているように見えた。

 ピットで7号車の最終スティント“乗務”に備えていた小林可夢偉チーム代表も、ここ富士スピードウェイでの戦い方をよく知る平川なら、ポルシェを抜いてくれるのでは、と考えていたという。

 チームは平川のリクエストを受け入れ、スティント終盤のダンロップコーナー進入でポジションをスイッチ。すると平川はそこからの2周でみるみる6号車ケビン・エストーレのテールに追いついていく。

「リスクを取るな!」

 エストーレのキャラクター、そして6号車がインラップであることを把握していたピットからは、平川に無線が飛んだ。平川はそれに対して「オーケー」と返事をしたという。ところがその直後──。

 ダンロップコーナーへの進入でエストーレのブレーキタイミングが少しだけ早くなったことを察知した平川は、鋭くイン側にマシンを向け、鮮やかなオーバーテイクを決めた。

「ポルシェがインラップだっていうのは分かっていました」とレース後に平川は語った。

「それでもチャンスが来た。僕は『流れを変えなくてはいけない』と思っていたんです。このままだとポルシェに流れがあるなと思って。自分的にはリスクは取っていませんし、あそこでうまく流れが変わったのがよかったと思います」

 可夢偉代表は、チームの判断よりも「もっと前から(7号車と順位を)入れ替えろと言っていたんです」という。それはドライバー兼任代表ならではのジャッジであったし、平川はそれに応えた形となる。

 平川からバトンを受けたブレンドン・ハートレーは、序盤にマシンに受けたダメージの影響もあり最後は7号車に勝利を明け渡す形となったが、ワン・ツー・フィニッシュを遂げたトヨタは最終戦バーレーンを前にマニュファクチャラーズタイトルを決めることができた。

 表彰台で勝利の美酒を浴びた直後の佐藤恒治トヨタ自動車社長も、平川のこのオーバーテイクを喜んでいたひとり。そのときのピット内での様子を、次のように振り返っている。

「亮はピットに帰ってきて『あそこはレーシングドライバーとして、行かなきゃいけないと思いました』と言っていましたが、『いやいや、無線でトゥー・マッチなリスクは避けろと言われた直後に抜いただろ(笑)』って」。そう語る佐藤社長の表情は明るく、“レーシングドライバー・平川亮”のパフォーマンスを心の底から楽しみ、賞賛しているようだった。

「やっぱりあれは彼のひとつの生き様、プライドですよ」

 平川の8号車陣営は依然ドライバータイトル争いで首位をキープしているものの、第2戦ポルティマオ以来、勝利から遠ざかっている。その間には、あのレース終盤にスピンを喫したル・マン24時間もあった。今回も結果は2位であったが、“流れを変えた”オーバーテイクで、タイトル決戦に向けても上昇気流に乗りたいところだろう。

「最終戦は最終戦で、違うと思いますね。勝つかどうかはどうでもよくて、個人的にはドライバータイトル2連覇、それをなんとしてでも獲りたいです」

 平川は力強くそう口にして、富士スピードウェイを後にした。

2位表彰台に登壇した8号車GR010ハイブリッドの平川亮、ブレンドン・ハートレー、セバスチャン・ブエミ

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