信仰の自由150年

 福岡県大刀洗(たちあらい)町にある国指定重要文化財の今村天主堂を訪ねた。1913(大正2)年建設で、昨年から約10年間に及ぶ耐震補修工事の真っただ中。残念ながら内部は見られなかったが、さすがに上五島出身の建築家鉄川与助の代表作と言われるだけあり、荘厳なたたずまいに見ほれた▲敷地の隅に、天主堂を見守るように置かれた胸像があった。今村教会主任司祭として天主堂建設に心血を注いだ長崎・浦上生まれの本田保神父(1855~1932年)の像だ▲本田神父は14歳の時、幕末維新期のキリシタン弾圧事件「浦上四番崩れ」で高知へ流罪となった。1年ほど狭い牢屋(ろうや)に入れられ、飢えと病に苦しみ、殉教を覚悟するほどの辛酸をなめた▲250年以上にわたるキリスト教の禁教令が撤廃され、信仰が解禁されたのは1873(明治6)年。今年でちょうど150年だ▲今村天主堂に限らず古い教会堂が美しいのは、信仰を公にできる喜びや誇らしさが、にじみ出ているからであろう▲日本人が信仰の自由を得てから、まだ150年にすぎない。今、世界中で権威主義が台頭し、分断の進行で寛容さが失われ、思想信条の自由が後退している雰囲気がある。信じるものを信じていると言える、人間としてとても大切な自由。二度と手放したくない。(潤)

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