「アット・ストーリーヴィル」(1951、53年、Storyville) ホリデイ一瞬の幸せな時 平戸祐介のJAZZ COMBO・30

「アット・ストーリーヴィル」のジャケット写真

 まだまだ残暑厳しいですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか? 夏は涼しい部屋でじっくりと音楽を聞く…。これに尽きます。これから秋に移りゆく中、女性ジャズボーカリスト御三家の一人であり、20世紀最高の女性シンガー、ビリー・ホリデイ(1915~59年)のアルバムをピックアップしてみました。51年と53年のライブを収録、編集した「アット・ストーリーヴィル」です。
 ホリデイは一生涯を通じて不遇かつ壮絶な人生を送ったことでも有名です。幼少期は両親と過ごすことも少なく、親族の家を転々としました。その寂しさからかドラッグに手を出すようになり、全ての歯車が狂い出します。
 しかしギタリストであった父親の影響もあってか、ホリデイは幼少期から音楽的才能には恵まれていました。10代でクラブなどで歌い始め、18歳でコロムビアレコードとの契約を勝ち取るなど、シーンでその実力が認められていきます。
 ホリデイの音楽的絶頂期は非常に短いものでした。この盤も絶頂期のものではありませんが、気の合う仲間や質の良い客層に迎えられての演奏だったのでしょう。彼女の笑顔を容易に想像できる、楽しくリラックスした歌声が随所に楽しめるのです。
 レコーディングをしたボストンの人気クラブ「ストーリーヴィル」のオーナー、ジョージ・ウェインのジャズ愛に満ちた粋な計らいがあったためだと思います。スタンダードナンバーを小気味よく歌い、クラブ録音ならではの客との楽しいやりとりも聞くことができます。ホリデイの体調面も含め、全ての条件が奇跡的にそろったのがこの盤なのです。
 ホリデイは確かに重苦しく悲しい雰囲気のアルバムが多かったかもしれません。しかしこんなハッピーな一面もあったのだと思いをはせ、同時に彼女のほんの一瞬であった幸せな時をこの盤で共有できるのです。まさに私にとってもこの盤との出合いは宝物です。言葉ひとつひとつに思いがほとばしるホリデイの真骨頂をぜひお聴きください。ジャズファンでなくとも彼女の詩(うた)を感じとれるはずです。
 ホリデイはこの盤がレコーディングされる前後に次のようなことを語っています。「自分のクラブを持ちたい。一生に一度くらい、何時から出番というような指図を受けないで済むから…」と。ホリデイの人生の全てが凝縮されているような気がします。
 この秋、ジャズを深掘りして聴く…秋にしてみませんか。その最初のアーティストはビリー・ホリデイ。最高の選択かもしれません。(ジャズピアニスト、長崎市出身)

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