「千奈のもとに行きたい」踏みとどまる日々…遺族が感じる怒りと孤立感【「消えぬ、濁り」①バス置き去り死から1年】 

2022年9月5日、静岡県牧之原市の認定こども園「川崎幼稚園」で、河本千奈ちゃん(当時3歳)が通園バスの中に置き去りにされ、重度の熱中症で死亡しました。

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5時間以上置き去りにされた後に発見された千奈ちゃんの体温は40℃を超え、車内には、その日の朝、初めて自分でボタンを留めることができたブラウスが脱ぎ捨てられ、水筒は空になっていました。

毎週のように公園に行き、夏になると庭でプールや水風船で遊ぶなど、元気で明るくて活発だった千奈ちゃん。幼稚園も大好きで、あの日も自ら進んでバスに乗り込んでいったといいます。

奪われた、小さな命。
千奈ちゃんの父親(39)は事件から1年を前にした2023年8月、報道陣の取材に答えました。その一問一答を公開します。突然壊された家族の日常。家族はいまも変わらず、千奈ちゃんを「家族の主役」と思い続ける一方、幼稚園や運営する法人への怒りを日に日に増幅させています。

<全3回(#1/#2/#3)のうちの第1回>

Q.事件から1年が経過いたしますが、現在の心境をお願いいたします。
娘に対する大切な思いというのは、ずっと変わらずありますし、川崎幼稚園、学校法人榛原学園に対して、誠意ある対応をしていただけていないので、怒りがあります。

妻に対して、にらみつけて声を荒らげて

Q. 川崎幼稚園や榛原学園に対する怒りというのは具体的にはどういったことですか?
当初は、事件翌日に自宅に関係者が来て、その後もずっと面談を続けてきたんですけれども、「園を廃園にする」と主要な管理職の方々、そういった方々が辞職するとわたしたちの前で約束したのに、その約束を反故にされたとして、面談を続ける中で、例えば、わたしたちに対して、あぐらをかきながら、誠意ある対応をされなかったり、妻に対して、にらみつけて声を荒らげて、受け答えをしたりとか、また、自分たち遺族に直接「いま、気晴らしに友人と出かけている」といってきたりとか、ちょっと信じられない対応をされている部分があるので、そこに関して、怒りとかそういったものは事件当初よりもさらに強くなっています。

Q.事件から1か月後に園が再開し、いまだ子どもたちが通っている現状についてはどのように評価していますか?
再園(※注=「園が再開」の意味)した後に、例えば、2021年の倉掛冬生くんの同じような置き去り事件で、厚生労働省から全国の幼稚園、保育園に通知が行ったんですけれども、その通知の内容をまったく再園後も知らなかったり、それで再園できている。 登園アプリの使用方法も、給食とおやつを頼む、ただのアプリツールに成り下がっているとか、あとはダブルチェック、トリプルチェックをやるとかっていう話もあったんですけれども、その方法もいまは少し変わっているようなんですけれども、具体的には話してくれなかったんですけど、そういったところに関して、本当に再園していいのかなと。在園児に関しては、あの近くに幼稚園、保育園がなければ困るという声ももちろんわかるんですけれども、榛原学園が運営する必要があるのかと、そこに関しては疑問がいまだに残っています。

Q.民事裁判についてはいま、どのように考えていらっしゃる?
民事に関してはもちろん行っていきますけども、具体的な誰を相手取ったりとか、というのは、刑事裁判もまだ終わっていませんので、しっかりと確定した後に進めていきたいと思っています。

Q.あらためていま、感じる千奈ちゃんへの想いというのを教えてください
事件当初は、やはりこう現実を受け止められないということがあったんですけれども、日数が経つにつれて、嫌でも生活をしていかなければならないと、そういった時に、やっぱり娘の千奈の存在っていうのは本当に大きかったんだなと。 何をするにも、例えばこう、幸せとか、楽しいっていうことが、いままでは本当に当たり前すぎて、実感できないことがあったんですけれども、それが本当に事件後、千奈が亡くなってからあらためて実感することが本当に多くなっています。いまでも、わたしたちの次女もそうですけど、家族の主役の1人だと思っています。

Q.この1年を振り返って短く感じましたか?長く感じましたか?
ものすごく長く感じました。いままでの人生の中で1番長かったです。

約束通り廃園、または違う法人に

Q.いま、いろんなことを発信されていると思うが、1番強い思い、求めるものはどんなことでしょうか?
いま、発信とかやって行動できているのは、もう怒りですね。着地点というか、自分たちが求めているものは、約束した通り、園の廃園、または榛原学園が違う法人になることを望んでいます。

Q.SNSの反響についてはどのように感じていらっしゃいますか?
予想以上に、世間のみなさまの反応が温かかったと感じております。SNS、旧ツイッターですけれども、フォロワーのみなさんだったり、自分の投稿を読んで応援してくださる方がいて、当初、始めた頃にはあまり予想できない反響の多さで、当初は「本当に父親なのか」とか、そういった言葉もあったが、みなさまの力で報道されることによって、本当に応援の声が増えていって、自分もそれが励みになっている部分がすごく大きいです。 例えば、いま、わたしたち家族は本当に世間から孤立感をすごく感じているんですね。おそらく、事件とか事故の遺族はみなさん感じるものだと思うんですけれども、友人知人が離れていったりとか、そういうことも往々にしてあるわけで、そういった中で温かい言葉をかけていただけるっていうのはありがたい存在ですね。

Q.いままでで1番長い時間だったということだがどういう意味でしょうか?
毎日朝起きて、いままでは普通に出社して、仕事も一生懸命やっていれば、いつの間にか時間が過ぎて帰って、その後はもう家庭で家族の時間が取れていたんですけれども、例えば、朝起きる時も、妻の泣いている声で起きたり、そこから妻と一緒に気持ちを吐き出して共感し合ったり、そういった中で、育児もやっていかないといけないですし、生活もしていかないといけないわけですし、やっぱり、辛い時間っていうのは長く感じると思うんですね。 不慣れなこともたくさんやってきましたし、元々はSNSも触ったこともなかったし、裁判とか警察と関わることとか、記者のみなさんと関わることとか、そういったこともなかったので、日々、次はどういうことをしていけばいいかなと、どういうことをできるかなと考えたりとか、本当手探りの中で、自分たちの精神的な部分も含めて進んできたので、わからないことだらけの中で生活してきたっていうのがすごく不安で、長くて、そういう部分がありました

Q.この1年で変わったこと、変わらないことはなんでしょうか?
変わったことでいうと、先ほどと重複するんですけれども、川崎幼稚園に対する怒りは当初よりも強くあります。変わらないものでいうと、千奈への大切な思いというか、それはもう変わりませんし、朝起きたらあいさつをして、ちゃんと妻がご飯もしっかりと用意してくれたりとか、寝るときも一緒に寝室に連れて行って寝ていたりとか、変わらない生活をなるべく(過ごしている)。あいさつというのは「おはよう」とか「おはよう」っていうのもありますけども、毎日思うのは「本当にごめんなさい」と毎日謝罪しています。

Q.現在も園関係者4人が書類送検されているが、司法に求めることはなんでしょうか?
自分たち遺族としては、書類送検された4人が起訴されるということは求めていますけれども、それに関しては、どうなるかわからないというか、わたしたちがどうにかできる問題ではないと思うので、わかりませんが、起訴を強く求めています。

毎日涙を流し、「千奈のもとに行きたい」

Q.この1年、千奈ちゃんの母親はどのように過ごしていらっしゃいますか?
妻は本当に、私よりも1番、傷ついていて、一緒に過ごした時間とかも、お腹の中にいた時間から幼稚園に通園するまで、私が仕事に行っている間もずっと一緒にいてくれたので、その、なんていうんですかね、自分の分身というか、子供が亡くなったことに本当に深く傷ついていて、私は泣く回数が当初よりは減ってきてはいるんですけれども、妻は毎日涙を流しているし、「千奈のもとに行きたい」というような発言も数えきれないほどで、何度も夫婦で話し合ったりとか、時にはぶつかったりとか、そういったやり取りがありますね。

Q そういった際、どういう言葉をかけていらっしゃいますか?
夫婦で話し合っていく中で、「自分から自死を選ぶことはいつでもできるから、次女とか気持ちがなるべく変わることをいって、生活していこう」と声をかけていますけれども…そうですね、例えば、僕とかもそうですけども、自分はあまり死後の世界とか、そういうのは、こんなことになる前は意識とかしなかったんですけど、もし、そういうものがあるならば、自分もそこに行って、というか、こう、ね、いま、親として何もできていないので千奈に対して。なのでこう、お世話をしてあげたいなと、一緒にいてあげたいなという気持ちもあるねということは、よく妻と話したりしています。 ですけど、ね、次女の存在も大きいので、踏みとどまっているような状態ですけれども、本当に毎日毎日、なんとかこう、生活をしているような状態です。 <全3回(#1/#2/#3)のうちの第1回>

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