食と味覚の秋、世界で最も愛される料理人フランス・リヨンのジョルジュ・ブランの食卓

フランスで「美食の都」として誉れ高いリヨン市。その北郊外の銘醸白ワインの里「マコン」と、高級な家禽食材、ブレス鶏の生産地「ブール・カン・ブレス」の中間に「ヴォナ」と呼ばれる小さな村(人口約3000人)がある。ここに、いま世界で最も長い42年に及ぶ「三つ星」タイトルを保持する大料理人ジョルジュ・ブランの経営するレストランがある。ブランさんの三つ星レストランを、パリの料理研究家と共に訪ねた。

ジョルジュ・ブランの本拠地、ヴォナのブラン村

ヴォナ村の入口でバスを降り、5分も歩くと、水車小屋が見えだす。その小屋の奥に、”Village Blanc”(「ブラン村」という意味)と書かれた大きな看板が見え出した。ブラン村と称される一画には、ブランさんの曽祖父母の時代に「ブレス鶏のクリーム煮」で大いに賑わったレストラン「アンシエンヌ・オーベルジュ」店を始めとし、三つ星レストラン「ジョルジュ・ブラン」、スパ付きのホテル「ジョルジュ・ブラン」、ブティーク(食品関係商店)、ワイン・ショップ、ワイン・カーブ、教会などが立地し、背後の敷地には、イスラム様式の大庭園、果樹園、家庭菜園、ブドウ畑などが広がる。ブラン村と称される一画は、ブラン一家が代々築き上げてきた食菜王国のようだ。

ディナーにはまだ早い午後5時、レストラン「アンシエンヌ・オーベルジュ」のカフェで休んでいる所に、ブランさんが普段着で入って来た。そして、白のコックコートに着替え、「アンシエンヌ・オーベルジュ」店のキッチンに向かうと、早速、息子さんのフィリップさんと打ち合わせを始めた。

世界最長の三つ星シェフ、ジョルジュ・ブラン氏

「キッチンに入ってもいいですか?」と店のギャルソン(年配のウェイター)に赦しを請うと、「どうぞ」と寛大な返事。勇んでキッチンに押しかけた。

「こんばんは、ブランさん。東京から来た者です。コックコートの三つ星のイニシャルの下に縫い込まれた1981という数字は、何ですか?」。

すると、間髪入れずにブランさんは「私は1981年に三つ星を与えられて以来、いままでずっと三つ星シェフをして来ました」と、大いなる自信をのぞかせた。

「あなた方は、今日は何を食べるおつもりですか?」とブランさん。「もちろん、ブレスの鶏です」。「それなら、和わせるソースは、リヨンG7(1996年開催の先進7ケ国首脳会議)でお出しした濃い口の“フォアグラ入りのシャンパン・ソース”ではなくて、今日は、ブレス鶏の白肝を使った軽いソースにしてあるからね。あとで、メインのダイニング・ルームに伺いますが、ゆっくりディナーをお楽しみください」と、ブランさんが丁寧に応えた。

日本の懐石料理からヒントを得た? アミューズ・グール

予約したディナーは、定刻午後7時に始まった。レストラン「ジョルジュ・ブラン」は、ブルゴーニュ地方の田舎豪族風の煉瓦造りの館だ。内装は中世の木組み構造を生かした様式で、壁と調度はオレンジの暖色系に統一されている。

「アペリティフは如何なさいますか?」。ギャルソンがテーブルに近づいて来て聞く。ヴォナ村まで来たら産地マコンの白ワインと申し合わせた通り、アペリティフは止めてマコン・ヴィラージュを依頼した。いったん、引き下がったギャルソンが、再び登場し、今度は、「アミューズ・グール」(付き出し)をテーブルに並べた。その日のアミューズ・グールは、「イクラを載せた野菜のオリーブ漬け」、「小海老のフライの香草添え」など、3つの小鉢。日本の懐石料理からヒントを得たものであろう。

ギャルソンが去ると、入れ替わりに若きソムリエが現われ、「お求めのワインをお持ちしました」と、マコン・ヴィラージュ2016を差し出した。「有難う」と返す言葉が届かぬうちに、ソムリエは、白ワインの栓を抜き取り、テーブル横に置かれたワイン・クーラーの金属瓶の中に差し込むと、一言、「お出しした白ワインは、ジョルジュ・ブランが持つドメイヌ(ワイン醸造所)で生産された“MACON VILLAGES FLEUR D’AZENAY 2016”です」と言って去った。実に美味しい白ワインだ。アミューズ・グールに舌鼓を打ち、白ワインの滋味を楽しむうちに店内の客席は略式盛装した賓客でほぼ埋まり、心浮き立つ祝宴会場に一変した。

「霜降り」に似ていると言われる主菜の「ブレス鶏のオーブン焼き」

さて、「本日のお食事は、何になさいますか?」とメートル・ドテル(給仕長)がやって来た。申し合わせていた通り、アントレ(前菜)に「ランゴスティーヌ・エコッセ(スコットランド産のアカザ海老)の自家製香草添え、白ワインのソース和え」(筆者)と、「オマール・ブルトン(ブルターニュ産オマール海老)とイタリアン・パスタのボッシェ・ヴァン・ジョーヌ風味のソース和え」(料理研究家)。プラ(主菜)には、2人とも、「ブレス鶏のオーブン焼きと自家製の季節野菜、白肝のソース付き」をオーダーする。

アカザ海老の香草添え、特製ソース和え

前菜の「ランゴスティーヌ・エコッセの自家製香草添え、白ワインのソース和え」は、スコットランドから直送された新鮮なアカザ海老で、日本の伊勢海老より小さいが、肉が柔らかく生でも十分に食べられる高級食材。蒸された海老が醸し出す香りと甘い味覚を香草と特製ソースと共に楽しむ。

ジョルジュ・ブランのメイン・テーブル

ソースの使い方にもこだわる

主菜の「ブレス鶏のオーブン焼き」は、薄皮に包まれて焼かれたブレス鶏の胸肉が2切れ、同じくブレス鶏の白肝のソースをかけて出される。均質に焼かれた鶏の皮目は、ムラがなく香ばしい。ブレス鶏の胸肉は、脂肪が繊維質の奥まで浸透し、口にすると和牛の「霜降り」に似ていると言われる。固くてしなやかな食感、例えるなら、お菓子のヌガーを噛み切ったような弾力に魅せられた。鶏肉のボリュームといい、粘り気のある肉質といい、上質牛のステーキを食した時のように、食欲旺盛な胃腸を大いに高揚させ喜ばせた。

ブレス鶏のオーブン焼き、特製ソース付き

気になるその晩のディナーの値段は、ワイン2本と食後のコーヒーを含めて (消費税、サービス料込み) 2人で計470ユーロ (1人当り約3万3000円、2019年為替レート )。優良食材と優良ワインの大産地で創作される名物料理は、むしろ、料理の総値段を抑制気味にして嬉しかった。

進化続けるジョルジュ・ブランの創作料理、盛付けにも現代アート感覚が

三つ星シェフ、ジョルジュ・ブランの料理は、大戦後、リヨン市郊外で生まれたヌーベル・キュイジーヌ(新フランス料理)、すなわちバター、ミルク、塩、胡椒などの過度な使用を控え、新鮮食材の風味を積極的に生かす調理手法とは、一線を画すようだ。ヌーベル・キュイジーヌの調理法をさらに進歩させた現代フランス料理、すなわち、食材を世界の隅々から取り寄せ、盛付けに現代アートの感覚を滲ませ、完璧に成形された食材を立体的に並べて出す調理手法とも違っている。ブランさんの料理は、むしろ、新鮮・良質で親しみやすい郷土料理に常に創作的なソースの微妙な風味を添え、料理そのものを楽しませる。まさに美食の国フランスを代表するオーセンティックな料理と言えよう。

もちろん、ブランさんは、ヌーベル・キュイジーヌの旗手として戦後のフランス料理界をリードしてきたポール・ボキューズ、ミッシェル・トロワグロ、ジョエル・ロブション、アラン・シャペルらと密接な親交があったはず。だが、ブランさんの料理は、ヌーヴェル・キュイジーンと銘打った調理手法に偏ることなく、彼が曾祖父母の代から受け継いだ料理手法、すなわち産地直送の優良な食材をブルゴーニュ地方の伝統調理技術を駆使して創作する“美食”に心底をささげて来た料理人と言える。

欧州旅行の記憶に特別のハイライトを添える

フランス三つ星レストランに限らず、イタリア(ローマの伝統料理)、スペイン(サン・セバスティアンのバスク料理)など欧州各地で評判の名物料理を食す体験は、欧州旅行の記憶に特別のハイライトを添えるだろう。食と味覚の秋を迎え、今にも出かけたくなる欧州の食観光。けだし、渡航時期として、日本発の航空運賃が高止まっているうえ、超円安の為替レートに変化が見られないので、旅人は現地での宿泊費と食事代の大幅な節約を余儀なくされる。旅の費用対効果のより高い時期を、長い眼で自ら選択することが賢明であろう。料理人ジョルジュ・ブランは、ヴォナでいつでも貴方を待っている。

(2019年現地取材、2023年現地情報に基づく)

寄稿者 山田恒一郎

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