<レスリング>【2023年世界選手権・特集】上に向かって伸びる向日葵(ひまわり)のように世界一へ登り詰めた…女子76kg級・鏡優翔(東洋大)

 

(文=ジャーナリスト 粟野仁雄)

 「これまでウィニングランのチャンスになると負けていた。頭の中でウィニングランする自分の姿を描いてきた」という。それが初めて現実となった。日の丸を背にマットを走る笑顔がはじけていた。「今まで見ている景色とは違った。周り中がキラキラ輝いて見えた。幸せなウィニングランでした」

 2023年世界選手権第5日の女子76kg級で鏡優翔(東洋大)が殊勲の初優勝を飾った。前日の準決勝でキューバの選手を5-2で破り、パリ・オリンピックの切符を手にしていた。決勝の相手はキルギスのアイペリ・メデトキジ。過去も何度か対戦し、直近の対戦では負けていたがそんなことが信じられないような試合。

 第1ピリオドこそ見合う時間が長かったが、第2ピリオドは鏡が猛攻に転じ、全く危なげない展開で8-0。ここで相手の負傷によってドクターストップが入り、優勝が決まった。

▲表彰台では涙を見せた鏡優翔。それ以外では、笑顔が満ちた初の世界一

 世界選手権での女子最重量級の日本選手の優勝は、世界選手権を5度制した浜口京子が2003年のニューヨーク大会で優勝した以来(当時は72kg級)、20年ぶり。「20年も(日本選手が)勝てなかったんだと思うと、これまでの最重量級の人の思いを実現できてうれしい。日本の重量級は駄目だと言われていたけど、壁は自分が取っ払ってやろうと思っていた」と力強い。

準々決勝で米国女子最多優勝の選手を撃破

 最大の試練は準々決勝だった。立ちはだかったのは米国女子最多の世界選手権6度の優勝を誇るアデライン・グレイ。東京オリンピック代表の皆川博恵とも世界の舞台で対戦してきた。昨年7月に双子を出産した32歳のママさん選手だ。

 しかし、鏡の前へ押す圧力は海外選手に負けない。グレイはそのプレッシャーがきつくなってきたのか、次第に腰高になり表情が険しくなる。最後は鏡が4-1で勝利した。「グレイに勝ったのが自信になって準決勝に臨めた」と振り返った。

▲準々決勝でアデライン・グレイ(米国)を撃破。このあとも勝ち進んだ

 「2-1とかのぎりぎりの試合では、世界一になれない。最後まで攻め続けないと」が信条。「相手を上回るものは何か?」と聞かれると「練習量です」と声を強めた。「みんなが昼寝しているときでも頑張った。泣きながら練習してきたんです」。

「カワイイ」と書かれたマウスピースがトレードマーク

 山形県生まれで、栃木県で育った。子供の頃はラグビーをしていたが、レスリングに転向し、中学3年の時にJOCの養成機関「エリートアカデミー」に入り、国内外のジュニアタイトルを次々と獲得。インターハイで3連覇を果たし、高校2年生になると早くも全日本選手権で優勝、翌年のアジア選手権で優勝する。2020年に入学した東洋大学で階級を76kg級に上げた。

 一昨年は全日本選手権を優勝したが、昨年は試合中に胸を負傷してしまい棄権した。手術しマットから離れたが、リハビリに取り組んで復帰した今年の明治杯全日本選抜選手権を制覇。茂呂綾乃(山梨学院大)とのプレーオフを勝ち抜いて世界選手権のマットに立っていた。昨年の世界選手権は敗者復活戦から勝ち上がり3位だった。

 爪に、金色など様々な色のマニュキアを塗っている。はじけた笑顔のマウスピースには「カワイイ」と書かれている。「そんなマウスピースって売っているんですか?」と筆者が聞くと「特注なんですよ、可愛いでしょ」。

▲「カワイイ」との文字が入った特注のマウスピース

 表彰式を終えての囲み会見でも、再びこのマウスピースをつけてくれた。自分を強くて可愛いと信じることがこの選手の強さなのかもしれない。他の日本選手は試合になると緊張した表情で入場してくるが、鏡優翔はスタンドの応援団に笑顔を振りまいて入ってくる。スタンドには母親が駆けつけていた。それを聞くと「あとは楽しむだけと思った。緊張もしなかった」と返ってきた。

 いつも上に向かって伸びる向日葵(ひまわり)の花が大好きだという。根からの明るい性格も向日葵そのものの印象。最後に世界レスリング連盟(UWW)の女性広報に「パリの印象を一言で」と求められると「エッフェル塔。あっ、フランスパン」と笑った。

▲緊張の表情で入場する選手が多い決勝のマットまでの道。鏡は応援団に笑顔を見せて入場

 

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