ウクライナに帰国へ 日本へ避難した姉妹と母の決断 「将来への道は自分で開く」

ウクライナから広島市に避難していた姉妹が、まだ戦争が続く祖国に帰国する日を迎えます。自分たちの将来の夢に向けて歩みを進めるための、家族の決断です。

ウクライナから広島市に避難していた、ファジリャ・ボロジナさん(20)と妹のマリアさん(19)です。この日、1年間滞在した広島を離れます。ふるさとに帰国するためです。

ファジリャさん
「うれしいのと悲しいのと半分ずつ。うれしいのは、友達が見送りに来てくれているから。悲しいのは、広島を離れなければならないから」

手には、ウクライナから持ってきた大切なぬいぐるみが…。頭の冠は、仲良くなった子どもからのプレゼントです。

2人が広島に来たのは去年の秋でした。ウクライナの首都・キーウを拠点に働く母・エディエさんと離れ、それまでゆかりのなかった広島での生活を姉妹で乗り越えてきました。

ことし7月、妹・マリアさんの大学入学が決まったことをきっかけに、姉妹は帰国を決断しました。母のエディエさんが仕事の長期休暇を利用して来日し、帰国までの日を家族3人で過ごしてきました。

エディエさん
「あのときはどれだけ戦争が恐ろしいことか、全く想像もしませんでした」

エディエさんの脳裏には、キーウの街でロシアによる攻撃から家族で避難したときの光景が鮮明に焼きついています。昼夜問わず鳴る空襲警報。そのたびに3人で地下鉄の駅などに駆け込み、しばらく経ってから家に戻る日々を送っていると、ある日、ファジリャさんが精神的な疲れから「もうどこにも行かない」と言いました。

エディエさん
「生き残れば、おばあちゃんと幸せに過ごすことができます。もし、死ぬことになったら3か月前に亡くなった大好きなおじいさんと会えます。だから、もうこれ以上、避難場所には行かないと決断しました」

「2人を守るために母としてどう動くべきか」―。エディエさんは毎日のように決断が続きました。

ある日、ファジリャさんが自宅で転倒し、足に大けがをします。「万が一のとき、娘を背負って逃げることはできない…」。そのとき、ちょうど連絡をくれた広島の友人を頼って、姉妹を日本に避難させることを決めました。

エディエさん
「ファジリャは戦争が始まってから毎日、『私の将来はどうなるの? お母さん、どう思う?』といろんな言い方で同じことを聞き続けていました」

広島で過ごす間、19歳と20歳の2人にとっては将来が描けないことがなにより不安なことでした。

エディエさん
「2人はキーウに戻っても電気やガス、お湯がないかもしれないことは全く怖がっていません。それよりも自分の将来のことを特に不安に思っていました」

広島を離れる前日、マリアさんが去年の2月から通っていたスポーツジムの仲間が2人のお別れ会を開きました。

和田哲夫 さん
「いろんな話をさせてもらったけど、とてもフレンドリーで笑顔もすてきで、ほんわかするので、ジムのみんなが『マリア、マリア』と仲良くしていたと思います。元気をつけてあげようと思うよりもこっちが元気をもらっている感じで寂しいです」

姉妹はこれまでにも音楽会に招かれて2人で参加したことがあり、マリアさんのジムの仲間は姉のファジリャさんにとっても大切な人たちになりました。

マリアさん
「私たちが出会った人はみんな外交的で、私たちと友達になろうとしてくれて、友達のおかげで広島、日本での生活が大切な良いものになりました」

いま、ふたりは広島で1年間を過ごしたことを前向きにとらえています。

ファジリャさん
「広島に来たとき、本当に辛かった。時々、悲しくて母に『なんで私たちを違う国に送ったの? お母さんやふるさとが恋しい。前の生活が恋しい』と言い、理解できなかった。今は理解できると思う。世界の状況は変えられないけど、自分の人生は変えられるし、自分たちの将来…、明るい将来への道を自分で進めることができます」

帰国後、ファジリャさんはこれまでオンラインで通っていたキーウの大学に通い、建築を学びます。マリアさんは料理を学ぶため、スイスの大学へ進学します。

ファジリャさん
「大学の雰囲気を感じたい。たくさんの人が大学は人生の中で本当に楽しい時間だったって言うから」

マリアさん
「将来、私たちが料理や建築で世界や、特に私たちの国で貢献できたらいいなと思う」

ファジリャさん
「妹は自分のレストランをオープンさせて、それがすごくいいレストランで、いろんな国の人がそのレストランに訪れるかもしれなくて、そうすれば、その人たちがウクライナを回ることになって、すごくきれいな国だと感じてくれるかもしれないし…」

家族が戻るのは、まだ戦争が終わっていないふるさとです。

ファジリャさんに「大丈夫? 怖くない?」と聞くと、静かにうなづきました。

広島駅にはマリアさんがジムで仲良くなった和田さんも駆け付け、最後の別れを惜しみました。

母のエディエさんは「2人の姿を見ると、日本に送り出した決断は間違っていなかった」と話します。3人は東京で数日間過ごしたあと、ウクライナに向けて出発する予定です。

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