<レスリング>【2023年世界選手権・特集】けがや国内でのつまずき、「そのすべてが、自分にとってはよかった」…女子57kg級・櫻井つぐみ(育英大)

 

(文=布施鋼治)

 2023年世界選手権第5日。女子57㎏級の櫻井つぐみ(育英大)は、決勝でアナスタシア・ニチタ(モルドバ)を3-2で撃破し、55㎏級と合わせて3年連続世界一の座についた。前日開催の準決勝で勝利をおさめた時点で、すでにパリ・オリンピック行きの出場切符は手にしている。その試合は、櫻井にとっては初めての特別なセミファイナルだった。

 「ほかの大会だと、準決勝で勝ってうれしくなることはあまりない。今回は準決勝に勝った時点でパリ行きが決まったので、本当にうれしく思いました。オリンピックに出ることが目標だったので」

▲準決勝でオリンピック・チャンピオン(ヘレン・マルーリス=米国)を破り、応援席に手を振る櫻井つぐみ

 とはいえ、昨年世界チャンピオンになってから、すべてがスムーズに回っていたわけではない。昨年12月の天皇杯全日本選手権の決勝では、南條早映(東新住建)に敗れた。

 「パリが遠くなったと思いました」

後がない状況に追い込まれた昨年12月

 世界選手権に出場するためには、半年後の明治杯全日本選抜選手権で優勝し、その数週間後に行なわれるプレーオフも制さないといけない。世界では勝てるのに、国内では必ずしもそうはならない難しさ。その時点で現役の世界チャンピオンだったとはいえ、櫻井はもう後がない状況まで追い込まれた。

 しかし、初のオリンピック出場を決めた現在、櫻井は思う。「練習もきつかったし、けがもありました。いろいろあって大変だった。でも、そのすべてが、自分にとってはよかったんだと思いますね」

▲昨年12月の全日本選手権で優勝を逃し、パリが遠のいた櫻井だったが…

 今春、育英大近くのフィットネスジムで、櫻井のフィジカルトレを見る機会があった。その動きを目の当たりにするや、身体がどんどん強化されていることが分かった。

 明治杯とプレーオフを制し、世界選手権の舞台に戻ることが決まった今夏、日体大が音頭をとる形で行なわれた草津での合同合宿では男子選手とのスパーに励む櫻井の姿があった。相手によってはほぼ互角の内容で、「櫻井は、どこまで強くなるのか」と目を見張るしかなかった。

「対策された中でも、自分の強さは出せたと思います」

 今大会は、櫻井にとって初めてのオリンピック前年の大会だったので、過去2回出場した世界選手権とは雰囲気などの面で大きな違いを感じた。

 「自分の階級に出場選手がたくさんいた(36選手出場)。海外の大会で結果を残している選手が多く、やったことのない選手も多かった。どの国の代表もオリンピックがかかっているので、本当に勝ちに来ていると思いました」

 そうした対戦相手に囲まれても、勝ち抜く自信は胸に秘めていた。

 「試合に挑むにあたり、去年より絶対強くなったと思ってマットに上がりました。どの国も(55㎏級や59㎏級の)強豪選手たちが57㎏というオリンピック階級に合わせてきました。そういう中で(初戦から準決勝までが組まれた)19日は1日4試合闘わなければならなかったけれど、たくさん練習してきたので体力面では自信があった。どの国の選手にも負けない強さが去年よりありました」

▲研究されていたアンクルホールドだが、その上をいく技術で仕掛ける櫻井

 ディフェンディング・チャンピオンとして櫻井に対するマークは想像以上に厳しく、得意のアンクルホールドも簡単にはかからなかった。それでも、「たとえ対策をされても自分のレスリングを貫く」という思いに揺らぎはなかった。

 「結果的に対策された中でも、自分の強さは出せたと思います」

高知県レスリング界から初のオリンピックへ

 決勝で顔を合わせたニチタは櫻井より一階級上の59㎏級の昨年の世界チャンピオンで、身長が高くリーチも長い選手だった。「強いことはわかっていた。闘ったことはなかったし、手が長くてやりにくいと予想していました」

 それでも、アクティビティー・タイムで得た1点から着実に加点。第2ピリオドになると、さらに2点を得た。終盤ニチタに追い上げられてヒヤリとさせられる場面もあったが、接戦を制した。「最後に2点取られてしまったけど、最後まで勝ちにこだわった試合になったかなと思います」

▲パリでの再戦はあるか、櫻井とアナスタシア・ニチタ(モルドバ)

 櫻井は客観的に自分の成長を見つめていた。

 「以前は、試合前には緊張したり、メンタルに不安があった。でも今回は自分でそういう部分をコントロールすることができた。テクニックだけではなく、気持ちの面でも成長できたかなと思います」

 高知県出身のレスラーがオリンピックの舞台に上がるのは男女を通じて初めて。日に日に精悍さを増す櫻井は、地元の英雄になるのか。

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