「もう一度会いたい」と涙、最愛の妻が行方不明に 男性の思い

16日付本紙で掲載した、妻を捜す米子市内の男性の記事

 島根県津和野町出身の文豪・森鴎外(1862~1922年)は晩年、『ぢいさんばあさん』という短編で江戸時代の不思議な老夫婦を描いた。町に移り住んだ2人は気品があり、仲むつまじい。半面、礼儀のようなものがあり夫婦の割に少し遠慮も過ぎる。地元の人は「きょうだいではないか」とうわさする。

 武士の夫は若い頃、刃傷沙汰を起こし今でいう禁錮刑に。一家離散となっても妻は懸命に働き、夫の祖母やわが子の死もみとった。罪を許された夫が戻ったのが話の冒頭で、37年ぶりに再会した2人は隠居生活を始めた?外はいつも通り、自身も登場人物の心情も表さずに記した。江戸や明治、作品が書かれた大正の時代性を考えると、妻の献身をたたえ世に求めているように思える。一方、夫の帰りを待ち、苦しい時期を知的に力強く生きた妻から、女性の自立を描いたとも取れる。ともあれ老夫婦に訪れた静かな暮らしの底に、生きる重さや愛という普遍の主題が流れ、穏やかな気持ちになる。

 行方不明になった認知症の妻を捜す米子市内の60代男性の記事を、16日付本紙に掲載した。男性は長年の妻の献身に感謝して「もう一度会いたい」と涙を浮かべた。離れ離れになって1カ月半。待つ身の心中を察する。

 山陰両県警によると、2022年の行方不明に関する届け出は計596人。それぞれの人間模様を思えば、見過ごせない重い数字だ。

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