【香港】店舗拡大の鍵握る人材戦略[商業] 日系小売・飲食と人手不足(上)

松本清香港は2カ月に1店のペースで店舗を拡大。人材の確保が課題となっている=12日、銅鑼湾(NNA撮影)

新型コロナウイルス禍後の経済活動の正常化に伴い、香港で加速する人手不足が日系の小売・飲食業にも影響を及ぼしている。店舗の拡大需要に対して人材の確保が追い付かない状況で、各社は待遇の改善などに取り組み、人材の囲い込みを図っている。地場企業と人材を取り合う中、日系ブランドの優位性もアピールする。【菅原真央、蘇子善】

ドラッグストアチェーン大手「マツモトキヨシ」を展開するマツキヨココカラ&カンパニーの香港法人、松本清香港が香港1号店をオープンしたのは2022年5月。現在まで2カ月に1店のペースで店舗を拡大している。9月28日には九龍地区・旺角(モンコック)に7号店、年内に8号店を新界地区・セン湾(セン=くさかんむりに全)にオープンする予定で、出店計画は来年上半期(1~6月)まで決まっているという。経営は好調だが、課題になっているのが人材の確保だ。

松本清香港の林保範董事長は「新店担当の従業員は既存店で教育した上で異動させているが、今はその段取りがぎりぎりの状態。オープン時には相当数を採らなければいけないので、常に余裕はない」と説明。とりわけ都心の店舗ほど人手が不足しており、「地元で働きたいという人が多く、都心部への異動を嫌がられることもある」と話す。

生活雑貨専門店「MUJI(無印良品)」を展開する良品計画の香港法人、無印良品(香港)は香港で19店舗、マカオで1店舗を運営。従業員が十分にいると言えるのは店舗全体の1~2割で、それ以外は人手が足りていない状態だという。

同社はコロナ後に出店ペースを加速し、今年は下半期(7~12月)だけで4店舗を出店する予定。7月には香港鉄路(MTR)大囲駅の新しい商業施設「ザ・ワイ(囲方)」に新店をオープンした。同店で新たに雇い入れた従業員を研修して賄うつもりだったが、人員が足りず他店からの異動の比率が大きくなった。9月28日に九龍・啓徳(カイタク)の商業施設「エアサイド」でオープンする新店でも各店からの異動を加えて基本の人員を集めた。

回転ずし「スシロー」などを運営するフード&ライフカンパニーズは現在、香港でスシローを24店舗、居酒屋ブランド「杉玉」を3店舗それぞれ展開している。スシローは将来的に30~40店舗まで拡大する目標を掲げるが、人手不足を感じているといい、担当者は「店舗オペレーションや従業員の残業時間などにさまざまな影響が出る」と指摘した。

香港に本部を置く求人サイト、ジョブズDB(JobsDB)の李政勲(ビル・リー)香港担当マネジングディレクターによると、域外との往来正常化に伴い、香港の小売・飲食業界では店舗従業員の需要が増加している。ジョブズDBでは23年第1四半期(1~3月)のサービス業店舗従業員の求人が前年同期比47%増加。コロナ禍では大きな影響を受けた職種だが、同社が今年6月に発表した23年の給与調査では、前年比での賃上げ幅が小売業は1.2%、飲食業は0.6%といずれもプラスとなった。

李氏はコロナ禍後にワークライフバランスを重視する人が増えたことも人手不足の一因だとみる。調査によると、小売業に従事する回答者の24%、飲食業の18%が「今後3カ月以内に転職する意向がある」と回答。比率は業種別でそれぞれ1位、3位の高さとなった。「労働時間が長く、長期的に体力が求められるサービス業を、労働者が一番に選ぶことはないかもしれない」と分析する。

■給与・福利厚生見直し

各社は人材を確保するため、給与や福利厚生の見直しを積極的に行っている。

無印良品(香港)は昨年8月ごろに人手不足が深刻な状況に陥った。コロナ禍でのコスト改善の一環で人件費を抑えたことなどが要因と考え、時給や基本給を段階的に見直し、ここ数カ月は改善を感じられるようになったという。店舗の一般従業員に対するインセンティブは四半期に1回、予算に対する取り組みなどを評価し、全員が達成できなかった場合でもある程度支給する制度に変えた。角田徹エグゼクティブディレクターは「皆に不利益がない状態を担保している」と話す。

トリドールホールディングス(HD)は、香港で「譚仔」ブランドの米線(ライスヌードル)店と讃岐うどん専門店「丸亀製麺」、天ぷら専門店「まきの」を展開する。海外事業部の担当者によると、香港地場ブランドで約180店舗を展開する譚仔の給与は「とんでもなく高いわけではないが、業界の中では比較的競争力のある水準」。従業員の子ども向け奨学金プログラムなども用意している。

■「日本」強調で差別化

香港の就職市場は売り手市場の状態が続いている。人材獲得の競争相手がひしめく中、日系企業にとっては「日本」というキーワードがアピールポイントの一つとなる。

松本清香港の林氏は「日系企業の条件や保障が手厚いという印象は今もある」との見方を示す。同社は会社で加入する医療保険を手厚いものに変えたり、給与や有休制度を見直すなどして「日系企業への期待を裏切らないような条件で採用を行っている」と強調。地場のドラッグストアに対し「アジアナンバー1ドラッグストア」を目指すスタートアップ企業として、他社よりチャンスが多いことも強みだと考えている。

トリドールHDは18年に譚仔の運営会社を買収した。「親会社が日本企業で、日本にも出店している。中国本土以外に進出している香港の飲食企業は珍しいため、海外でのビジネスチャンスがあるというメッセージを求人にも入れ始めている」と説明。海外で働くことに意欲のある人材の応募も増えてきたという。

■パートタイム強化に転換も

香港の小売・飲食業界は、日本に比べパートタイムよりもフルタイムの従業員の比率が高い。ジョブズDBの李氏によると、パートタイムより責任感が強く帰属意識が強いとみなされていることや、労働時間が安定していることから、長期的に人手が必要となる店舗従業員などにはフルタイムが好都合だと多くの雇用主が考えている。一方、労働者もさまざまな福利厚生を享受できることからフルタイムの仕事を選ぶ傾向があるという。

ただ、人手不足の状況でフルタイムに頼った運営は難しいとの見方もある。無印良品(香港)はフルタイムを圧縮し、パートタイムの比率を拡大する方向にかじを切った。角田氏は「香港の一般的な店舗ではフルタイム1に対しパートタイム1~1.5の割合で配置している。人手不足を短時間勤務の従業員で補完することでなんとか賄っている」と説明した。

無印良品(香港)はフルタイムを圧縮し、パートタイムの比率を拡大して人手不足を補っている(同社提供)

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