「闇バイト」に通じる? 指切りげんまんが促す「自戒」

山陰中央新報デジタル

 <たとへば、ひと千人ころしてんや、しからば往生は一定すべし>(たとえば人を千人殺してみなさい。そうすれば、お浄土に往生できます)。

 浄土真宗を開いた親鸞が弟子に投げかけた。鎌倉期の『歎異抄(たんにしょう)』の一節。驚くべき言葉の真意はどこにあるのか。また、子どもの頃に交わした約束の言葉で<指切り げんまん うそついたら 針千本のます>がある。

 それらの源流は古代インドにある。師の命令で999人を殺害し、その指(アングリ)を輪っか(マーラ)にして身に着けた「アングリマーラ」という少年がいた。あと1人のところで狙ったのが母親と釈迦(しゃか)だった。だが釈迦の説得で改心した。

 時代や地域を超えて日本にまで広がった伝承を追った『古代インドのアングリマーラ伝承』を編集、上(じょう)梓(し)したのが、島根県邑南町矢上の安楽寺住職・白須淨眞さん。冒頭の対話は殺人をテーマにした大学ゼミでのやりとりのようとみる。

 その続きは「一人を殺す器量もない」と模範解答をする弟子に「そうできないのは心が善(よ)いからではなく、その縁がなかったからに過ぎない。殺すつもりなどなくても百人、千人を殺すこともある」と親鸞は諭した。縁があればいかなる振る舞いもしかねない身だ、と迫ったのだ。昨今の「闇バイト」による広域強盗事件にも通じる。師弟の対話や指切りげんまんの風習は「一番危ういのは自分」という自戒を促している。

© 山陰中央新報社