クマが粉食ってラリパッパ(実話)! 容赦ない残酷描写に思わず笑顔『コカイン・ベア』は映画史に爪痕を残すアニマルパニック

『コカイン・ベア』©2022 UNIVERSAL STUDIOS

映画界に颯爽とあらわれた救世主

本作の登場により、「『コカイン・ベア』前と『コカイン・ベア』後」などと言われるようになるかもしれない。それほどに映画『コカイン・ベア』のインパクトは強い。

このめちゃくちゃブッ飛んだバイオレンス・スリラー/コメディを映画館で楽しみ、バカバカしさを観客全員で共有できれば、斜陽といわれて久しい映画館の共犯的体験が息を吹き返すかもしれない。『コカイン・ベア』は映画界に颯爽とあらわれた救世主なのだ。

剥製にされたクマさんの可笑しくも哀しい実話

実際、コロナ禍で暇を持て余していた監督のエリザベス・バンクスは、本作の脚本を読んで「これならイケる!」と意気込んだという。正直、監督としてのキャリアを台無しにする可能性もあったろうが、『チャリーズ・エンジェル』(2019年)の微妙な評価を踏まえれば、ここはもう一度チャレンジすべきと考えたのだろう(監督業がダメでも、俳優業では堅実な実績があるし)。

『コカイン・ベア』は1985年にジョージア州で発生した実際の事件が基になっている。麻薬密輸業者が飛行機から落としたコカイン入りバッグを、体重79キロのツキノワグマが食って死んでしまった事件だ。“うっかりな森のクマさん”と思うと、少しほっこりした気持ちと可哀想な気持ちが沸き立つ。さらに、このクマさんが剥製にされて見世物になっていると思うと、想いひとしおである。

そんな、ちょっぴり悲しい事件に着想を得た脚本のジミー・ウォーデン。彼は「もしクマがコカインで死なずに、ラリってしまったらどうなっていたか?」と考えた。結果、ラリラリとゴキゲンなクマさんの前にハイカー、レンジャー、警官、売人、家族などなどがヒョイヒョイとやってきてはオモチャにされていく物語が作り出された。

B級パニックとは一線を画す高クオリティなクマ

『コカイン・ベア』は、嬉しいことに徹底的にラリったクマを楽しむように作られており、ストーリーらしいストーリーは存在しない。剥製にされてしまった実際の事件のクマの復讐、とでも言わんばかりである。

さらにはドラッグを扱っている映画にありがちな、ドラッグ撲滅啓発メッセージも皆無。それどころか、80年代にナンシー・レーガンがブチ上げたドラッグ撲滅キャンペーン“Just Say No(ただNOと言う)”を小馬鹿にするパロディも入れ込んでいる。

故に本作の見所は、やたらと精巧なクマの描写となる。これは従来のアニマルパニック映画と比較すると常軌を逸しているほどのデキ。それもそのはず、クマの特殊効果およびCGは毎度おなじみ<WetaFX>の手腕なのだ。しかし、このクマ、あくまで”精巧”であってリアルではない。“コカインでラリったクマを擬人化”したものと言えばわかりやすいか。妙に可愛くて応援したくなるのだ。それに反して、暴力描写がやたらリアルなのも嬉しいところ。

このリアルと擬人化という相反する表現の最頂点が救急車とクマの追いかけっこシーンなのだが、もはやこれはアニマルパニック、いやホラー映画史上に残る名場面ではなかろうか。このときのBGM、デペッシュ・モードの「Just Can’t Get Enough(満足できない)」なのも味わい深い。

ちなみに、この場面でひときわ“酷い目に遭う”レンジャー役のマーゴ・マーティンデイルは当初、かなり難色を示したらしい。そりゃ映画の中と言えども、71歳にしてズタボロにされるのは厳しかったのだろう。しかし、バンクス監督の説得により最後には首を縦に振ったという。

まさかの大ヒットで続編か? パクり映画も続々

バンクスは自身も俳優として数多くのホラー映画に出演してきた。その経験からかゴア描写に対してはこだわりがあるようで、本作の残酷表現について、こう述べている。

「私にとって、血糊はトラウマを楽しくする調味料。もしだれかが生爪を剥がすだけだったら、オエってなるよね。ストレートでリアルなトラウマ表現は楽しめない。でも、血糊やあり得ない残酷さをもって過剰に演出することで、劇的なエンターテインメントにできる」

生真面目なバンクス監督は、実際にクマに殺害された人々の写真を見たり、クマに関する文献を漁ったりとかなり研究し、「どうすれば面白さを残しつつ、クマの実際を観てもらえるか?」を追い込んでいったという。ラリったクマが人を襲うだけの映画なのに、ここまで徹底的にプロダクションするとは、もはや正気の沙汰ではない。

しかし、その努力の甲斐あって本国では、3,000万~3,500万ドルの製作予算に対して8,900万ドル以上の興行収入を記録しており、「すわ、続編か!?」と思うほどの結果を残した。そして当たり前のように『コカイン・シャーク』だの『コカイン・ピューマ』だの、パクり映画が続々登場している。

本作はバンクスの言葉を借りれば、“劇場で他の観客と共に笑いながら観る”懐かしい雰囲気を持った作品だ。ここは一つ、劇場に足を運んで、奇妙な一体感を味わってみてはいかがだろうか?

文:氏家譲寿(ナマニク)

『コカイン・ベア』は2023年9月29日(金)よりTOHOシネマズ日比谷、渋谷シネクイントほか全国公開

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