「あまりに無謀で、迷惑」富士山にピクニック並の軽装で弾丸登山、寒さしのぎに山荘へ無断侵入、大量のゴミ…大混雑で世界遺産〝取り消し〟懸念の声も どうすれば?

御来光を見ようと集まった登山客で混雑する富士山頂=8月(山梨県提供)

 日本一の高さを誇る世界文化遺産、富士山。今シーズンは国内外からの登山者による大混雑が起きた。9月10日の閉山までの約2カ月間に、登山者は22万1322人。新型コロナ禍前の2019年とほぼ同水準まで回復した。
 「活気ある富士山」が戻った一方で、非常識な振る舞いやマナー違反も続出している。そこら中に捨てられた大量のゴミ、夜通しで頂上を目指す「弾丸登山」をピクニックに行くような軽装で上り始めた挙げ句、「寒いから」と勝手に山小屋のトイレに入り込んだり、救助されたりしたケースもある。
 観光客が過剰に訪れて環境や住民生活を脅かすことは「オーバーツーリズム」と呼ばれる。来年も多くの観光客が見込まれ、地元の自治体からは「最悪の場合は世界文化遺産の登録を抹消されかねない」と懸念の声が上がる。山梨県や静岡県は、登山者の抑制やマナー違反への対応に頭を悩ませている。一体、どうすればいいのか。(共同通信=味園愛美、河野在基、平川裕己)

 【※この記事は、記者が音声でも解説しています。共同通信Podcast「きくリポ」を各種ポッドキャストアプリで検索してください→半袖に短パン、0泊2日で山頂目指す…富士山の無謀な弾丸登山を防ぐには?

富士山=2023年8月11日(共同通信社ヘリから)

 ▽軽トラックに山積みのごみ袋
 閉山を控えた今年9月上旬の週末、山梨県側の5合目広場は青空が広がっていた。
周囲は人があふれ、観光バスがひっきりなしに出入りし、ガイドの注意事項を聞いたり、準備体操をしたりする人でごった返している。
 初登山という東京都の会社員は驚いた様子。「テレビで見た通り、すごく混んでいると思った」。8合目の山小屋に宿泊の予約をしており、明日朝の頂上での「御来光」を目指すという。

5合目のトイレに捨てられたゴミ(山梨県提供)

 5合目のトイレに視線を移すと、個室などに設置されているサニタリーボックス(汚物入れ)はゴミで満杯になっていた。富士山にはゴミ箱は設置されていない。持ち帰るのが原則だからだ。
 トイレの清掃アルバイトの女性は憤りが収まらない。「登り始めや、頂上から下ってきたときに『いらないから』って捨ててしまう。朝に回収しても昼にまた来たときにはあふれかえっている」
 弁当の空き箱や酸素ボンベの空き缶、壊れた靴に破れた雨がっぱまで捨てられているという。近くに止めてある軽トラックには、ごみ袋が山積みになっている。女性はそれらを指さし、怒りをぶちまけた。
 「もう積めないから下山しないといけない。2日に1回は捨てに下りている。持ってきた物くらい、自分で持ち帰ってほしい!」

5合目において行かれたゴミを載せたトラック

 ▽宿泊予約が殺到し、サーバーダウン
 登山客による混雑は、春の段階から予想されていた。
 ある山小屋では、5月上旬に宿泊予約の受け付けを始めると電話が鳴りやまず、サイトへのアクセスも集中してサーバーがダウン。予約はあっという間に埋まった。
 受け入れ人数は、新型コロナの制限緩和後の現在も、感染対策のためかつての6~7割に制限している。一方で予約は「過去に類を見ない過熱ぶり」(山小屋関係者)。その結果、宿泊場所を確保できず、寝ないで頂上を目指す「弾丸登山」が増えることが懸念されていた。

英語で弾丸登山に対する注意喚起をするチラシ(静岡県提供)

 このため静岡、山梨両県は事前対策に力を入れた。
 静岡県は英語と日本語で登山ルールを紹介するユーチューブ動画やチラシを作った他、関連の記事を外国語に翻訳し、交流サイト(SNS)を活用して外国人コミュニティーにも情報が広がるようにした。
 山梨県は、麓から5合目を結ぶ有料道路「富士スバルライン」の夜間営業時間をシーズン中は短縮し、観光客を抑えようとした。
 さらに、山梨県側の複数の自治体や山小屋関係者が6月、県に登山者数の制限を要望。当初は消極的だった山梨県も方針転換し、「混雑して危険な場合は山梨側の登山道を規制する」と決めた。具体的には、山梨県側の吉田ルートで「1日当たりの登山者数が4千人を超えた場合」を一つの目安とし、警察官が一時的に人の通行を止め、人数を絞りながら順次、頂上を目指してもらう方法を検討していた。

山道で寝る登山者(富士山吉田口旅館組合提供)

 ▽無謀登山「よく無事で…」
 実際にこの規制が適用されることはなかった。それでも、お盆休み中は、山小屋に宿泊できなかったり、疲労がたまったりして山道で仮眠を取る人が相次ぎ、混雑に拍車をかけた。
 9月上旬にはメキシコと米国籍の男子大学生2人が、下調べをしないまま弾丸登山を強行。整備されていない森の中を突き進んで道に迷い、電話で助けを求めた。要請後に電話のバッテリーが切れて連絡が取れなくなり、濃霧も相まって捜索が難航。2人は途中ではぐれたのち、それぞれ自力で山を降り、4~5合目付近で救助された。

登山客で混み合う5合目

 山梨県警によると、水や食料を持たず、ピクニックに行くような薄手の服装だったという。2人の説明は「とりあえず来た。山頂を目指していた」。あまりの無謀さに、地元の警察官はあきれた。「よく無事に降りてこられたものだ」
 静岡県側の富士宮口7合目。山小屋従業員赤池悠平さん(41)は、マナー違反の数々をため息交じりで振り返った。「軽装の外国人が、山荘の発電機のある場所の網戸を勝手に開けて侵入し、暖を取っていた」
 雨風をしのごうと、日本人を含む20~30人が山小屋のトイレに入って休憩していたこともあった。注意すると「立ち入り禁止と書いていない」「寒いからしょうがない」と反論されたという。赤池さんはジレンマを明かす。「備えをしていないことが迷惑行為につながる。でも、そういった行為をする人は、そもそも事前に調べたりしない」。行政機関が対策を取るべきだと語る。
「(軽装者を)5合目より上には登らせないようにすること、装備をレンタルすることに力を入れてほしい」

多くの登山者でにぎわう富士山の山頂付近=8月11日(共同通信社ヘリから)

 ▽「山頂で御来光」にこだわらなくても
 静岡県の担当者は、迷惑行為が起きる背景に混雑があると考えている。その上で、伝えたいメッセージがある。
 「御来光は、山頂以外でも楽しめます」
 美しい日の出は、山小屋や登山ルート上でも見られるのに、多くの人がそれを知らずに山頂に殺到し、その結果、登山道を外れるなどのマナー違反につながっているという。
 山頂で御来光を見るには、未明に山小屋を出発し、日の出まで山頂付近の人混みの中で寒さをこらえなければならない。体力的な負担も大きい。
 しかし、山小屋の近くで御来光を見る行程にすれば、人混みを避けながら比較的しっかり休んで登頂できる。例えばこんなコースはどうだろう。
(1)初日は、まだ登山道がすいている午前10時ごろに5合目を出る。
(2)日暮れ前に山小屋に到着し、ゆっくり休息する。
(3)翌朝、山小屋の近くで御来光を見る。
(4)それから山頂を目指し、朝日を浴びながら登山を楽しむ。

富士山5合目付近で、わずかに見えた「御来光」に歓声を上げる登山客=7月1日午前4時32分

 山梨県側であれば、バスやタクシーで行ける5合目でも御来光を見ることができる。私も今年の開山日に取材したが、頂上は天候が荒れて危険と判断し、5合目で待機した。その結果、雲間から御来光を見ることができた。その頃、山頂は暴風雨だったという。
 「通」な登山者が好むのは、あえて山頂を目指さないコースという。1合目から5合目まで登ったという人は、その魅力をこう語った。「6合目以降は岩場が続いて殺風景。5合目より下は人も全然いないし、緑の中で自然を感じながら登ることができた」

富士山の吉田口登山道1合目付近

 ▽遺産登録抹消の危機?
 観光地に過剰な客が訪れて環境や住民生活を脅かす「オーバーツーリズム」は、富士山だけでなく、国内あちこちで問題になっている。このため、政府は9月6日に観光庁長官らが出席する関係省庁会議の初会合を開いた。今秋に対策を取りまとめる方針だ。
 富士山が2013年に世界文化遺産に登録された際、審査に関わる非政府組織(NGO)の国際記念物遺跡会議(イコモス)は、環境保全のために登山者数を管理するよう求めた。
 ところが、山梨県によると、登山や観光で山梨県側の5合目を訪れた人は大幅に増加している。山梨県の長崎幸太郎知事は8月、日本外国特派員協会で講演し、こう危機感を訴えた。
 「最悪の場合は登録を抹消される恐れがある」
 実際、開発などで環境が破壊されたと判断され、国連教育科学文化機関(ユネスコ)に遺産登録が取り消された例は英国やドイツ、オマーンである。また、存続が危ぶまれる場合は「危機遺産」に指定され、最近は観光客が殺到するイタリア・ベネチアが候補に挙がった。

(注)2020年はコロナ禍で閉山していた。

 ▽異常な状況、来年は規制に期待
 山梨県は観光客数をコントロールするため、麓から5合目まで、車に代わる次世代型路面電車(LRT)の整備を計画している。しかし、地元自治体などは「これ以上、富士山を傷つけてはならない」と反発。実現可能性は不透明だ。山梨県は、弾丸登山を防ぐ条例の制定も目指している。
 静岡県の危機感も同じだ。川勝平太知事が記者会見で「マナー違反登山への対策は喫緊の課題だ」と述べている。入山規制に加え、「富士山保全協力金」と呼ばれる入山料を、現在の千円から増額することを検討している。
 自然観光資源の活用に詳しい東洋大の武正憲教授は、行政機関が連携して対応すべきだと指摘する。「今の富士山は安心安全に登れる人数を超えた異常な状況だ。今年は規制について周知されたので、来年は実際に規制することが期待される。どんな対策を取るにしろ、山梨、静岡と国が連携することが重要だ」

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