ミシュラン三つ星の料亭「菊乃井」で修業…福井県に料理店オープン 田中俊祐さん、地元で掲げた志

昼の営業で提供している5500円のコース料理の一例=福井県おおい町名田庄三重の日本料理店「崇」
京都の料亭で修業後、地元に戻り日本料理店を開いた田中俊祐さん=福井県おおい町名田庄三重

 緑豊かな山々に囲まれた福井県おおい町名田庄地区。のどかな集落内に6月、京都の老舗料亭「菊乃井本店」で修業を積んだ地元の青年が日本料理店をオープンさせた。菊乃井本店といえば14年連続でミシュランガイド三つ星を獲得している名店中の名店。「菊乃井出身の料理人」といえば、多くの店から引く手あまたであっただろうに、なぜ名田庄で店を? どんな料理を提供してどんなお客さんの舌をうならせているのか―。才能あふれる若き料理人の思いに迫った。

★細かい仕事

 小浜市内から車で約20分。国道162号から少し脇にそれて三重集落に入ると、日本料理店「崇(すう)」が見えてきた。真新しい玄関戸、築100年超の家屋をリノベーションした店は洗練された雰囲気。カウンターの向こうで店主の田中俊祐さん(31)が腕を振るう。

 メニューはコースのみで、昼は3種類(5500円~)、夜は2種類(1万1千円~)。強気の価格設定に思えたが、出てくる料理を味わってみて納得した。どのコースも盛りだくさんの内容で、自家栽培の野菜や小浜で水揚げされた魚など、ほとんどを地域の食材でまかなう。

 だしや薬味を生かし、素材の味を引き出す薄味仕立て。皿の端にあるほんの小さな一品でも、驚くほどの細かい仕事が施され、一切手を抜くことはない。

★10年一区切り

 田中さんが料理人を志したのは、高校生のころ。「将来何をするか考えたとき、料理がいいかなって思った」。卒業後、社員を募集していた菊乃井に就職した。実家は総菜も扱う集落内のスーパーで、幼いころから料理に触れる環境にあった。ただ、「料理は気が向いた時に家で手伝ったくらい。だから当時は菊乃井が有名店ってことすら知らなかった」と笑う。

 1年目は連日午前5時半起き。仕込みや材料の下準備に明け暮れ、仕事中はほぼ立ちっぱなし。過酷な修業に寮の仲間は何人も辞めていった。それでも「できることが増えるのが楽しかった。自分は辞めようとは思わなかった」

 着々と腕を上げ、難易度が高いお造りや焼き場を担当するまでに成長した。その最中、新型コロナの感染が拡大。客足がぱったりと遠ざかった。修業を始めて10年たっていた。ノンストップで走り続けてきた田中さんに、初めて将来を考える時間が生まれた。

 「一区切りのタイミングだと思った」。料理人になったときから「店を出すなら地元で」という思いがあった。名田庄に戻ることを決めた。

★だめならバイト

 古里での開業にこだわったのは、豊富な海、山、里の恵みがあることを知っていたから。山菜や川魚が身近に手に入り、魚は小浜湾で揚がったものを父親が毎日仕入れてくれる。この時期提供されるサトイモは、店の裏の畑を自ら耕し育てたものだ。

 店はもともと、亡くなった曾祖母のすうさんが住んでいた家。店名の「崇」には、周りにたくさんの人が集ったすうさんのように、愛される店にしたいとの思いを込めた。

 Uターンし奮闘する「俊ちゃん」の姿に、地域の人たちも喜んだ。忙しい時は接客を手伝い、野菜を安く提供してくれる。「都会で店を開いてもこんなことは絶対ない。地元の人が喜んでくれたのが何より」。

⇒【写真】調理場で腕を振るう田中俊祐さん

 「だめならアルバイトをしてもいい」。オープン当初は不安だったが、今では毎日予約が入り、土日を中心に席が埋まる日もあるという。「リピーターを増やして、名田庄に足を運ぶ人を増やしたい」。古里を盛り上げる呼び水になれたらと、この地で腕を振るい続ける。

 【日本料理「崇」】おおい町名田庄三重18の51。営業は完全予約制で午前11時半~午後3時、同5時~同9時。月曜定休。電話0770(67)2493。

© 株式会社福井新聞社