「台湾有事」経済に影響本社記者ルポ

若者や家族連れでにぎわう夜市。台湾有事への緊迫感は感じなかった=2日夜、台北市内(小林広大撮影)

  ●中国人旅行客が激減 繁華街は緊迫感なく

 【台北・台南=小林広大】加賀市訪台団の同行取材で日本を離れる前、中国の台湾統一に向けた武力行使が現実的な脅威になっているというニュースに触れる機会が多かった。実際、台湾海峡を挟んで中国と向かい合う現地の人々はどう思っているのか。生の声を聞こうと繁華街に出向くと、「台湾有事」の影が忍び寄る現状が垣間見えた。

 台湾に着いてすぐ、現状変更を目指す中国による影響の広がりを耳にした。中国人旅行客の激減だ。中国と台湾の緊張の高まりを背景に渡航が規制され、中国人客の「爆買い」で潤った土産物店が店を閉めるケースが目立つという。

 「台湾と中国の関係が今後どうなるかは分からないが、旅行客には早く戻ってきてほしい」。ツアー添乗員の杭海莉(こうかいり)さん(57)はため息をつく。中国人客の足が台湾から遠のき、旅行業には特に大きな打撃となっているようだ。

 政府間の溝は広がっているが、そこに暮らす住民の思いにも触れたい。夜、台北市中心部の寧夏(ニンシャ)夜市に足を運ぶと、夕食を取る地元住民でごった返していた。

 「台湾有事をどう思いますか」。海鮮焼きの屋台に並んでいたカップルに声を掛けると「分からない」というように首をかしげる。すぐそばを駆け抜けるバイクのクラクションが騒がしくて会話ができない。近くの飲食店でも話を聞いてみた。

  ●長年のプレッシャー

 仕事仲間と飲んでいた林(りん)育良(まこと)さん(45)は「とても難しい質問だね」と言う。しばらく沈黙した後、「台湾は中国から何十年もプレッシャーを受けてきた」と中台関係の歩みを振り返るようにつぶやいた。「将来のことはわからない。でも大好きな台湾を守る」

 別の店でも聞いた。「正直言って一般市民に緊迫感はないですね」。台湾に15年ほど暮らしているというバー経営者、門脇冬樹さん(42)は中国による武力攻撃の可能性は限りなく低いと見立てた。ただ、「中国と台湾の緊張状態が長過ぎて、住民はそれが日常になっていると思います」と付け加えた。

  ●海洋放出気にならず

 台湾訪問中、もう一つ聞きたかったことがある。東京電力福島第1原発の処理水の海洋放出についてだ。中国は日本産海産物を輸入停止にするなど反発を強めているが、台湾の人々はどう感じているのだろうか。

 中台関係でも話を聞いた杭さんは「気にならない」ときっぱり。台湾の人気ナンバーワンの旅行先は日本だとし、「旅行者は温泉や新鮮な海の幸を楽しみたい。中国のようなことはない」と話した。

 4日、加賀市訪台団と会った頼清徳(らいせいとく)副総統は「中国との戦争は避けたいが、備えはしなければならない」と話していた。日本や米国など民主主義国家と連携しながら、自らの領土は自らで守るとの強い決意を示していたのが印象に残った。

 台湾と中国は昔から経済的な結び付きが強い。政府間で溝があっても、完全に関係を断ち切ることはできない。巨大市場を抱え、時に強権を振るう中国とどう向き合うのか。日本以上に難しいかじ取りを迫られる台湾の現実がある。

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