3千平方メートルで育てる「付き合い始めの彼女」 繁殖力強く「嫌われ者」だけど

「クレソンが豊かな水の大切さを教えてくれた」と語る齊藤さん(宇治田原町犬打)

 「誰もやっていないからこそ、何でもできる」。齊藤仁さん(51)は京都府宇治田原町に移住して4年目。山で摘んできたバケツ1杯の苗から始め、クレソン畑を町内4カ所、計約3千平方メートルに広げた。栽培から販売までを1人でこなす。

 クレソンはアブラナ科の多年草。ハーブの一種でピリッとした辛味と香りが特徴で、オランダガラシとも呼ばれる。水辺で育ち、高い栄養価が期待されている。

 京都市西京区出身。実家である着物の製造販売会社に就職した。聞いた情報を頭の中で処理できず、仕事をうまくこなせない。10年ほど前、発達障害と診断された。

 農業を始めようと会社を辞めた。45歳で京都市内のハーブ農家や茨城県の養豚場、北海道の牧場などに修行に出た。農業や物づくり、食について考え、ハーブの世界観に魅了された。専門農家の少ないクレソンに挑戦しようと決心した。

 新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けて予定していた農家での研修が中止。移住してきたばかりの新参者ながら、高齢化などを理由に使われなくなった放置農地を借りて、手探りの状態で栽培を始めた。

 クレソンの成長に不可欠なのは「きれいな水と人の迷惑のかからない場所」。外来種のクレソンは繁殖力が強く、水路をふさいでしまう「山の嫌われ者」。常に水を流し入れなければならず、住民に理解してもらうことに苦心した。野生動物の食害に悩まされるなど、やめようと思ったことも。それでも、茶農家からもらった茶かすを肥料として土に混ぜ込むなど、地産地消を生かした栽培方法を模索しながら、地域と関係を育んできた。

 「クレソンは付き合い始めの彼女を扱うような感じ。気まぐれでね」と苦笑い。水が豊かな山城地域に畑を広め、ブランド化するのが目標。クレソン一本での勝負。「一つのことしかできない(発達障害の特性)けど、それを強みに変えられる今はずっと生きやすくなった」と青々と茂った畑を見つめた。

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