産前産後、休みは8週だけ 県警「初」の女性警視 誰かの妻や母でなく「私」として

「交通安全教室で一人一人が事故に遭わないための知恵を伝えていきたい」と語る中島さん(大津市打出浜・大津署)

 今春、警部から昇任し、滋賀県警の生え抜きで初めてとなる女性警視になった中島久恵さん(57)。大津署の交通官として管内の交通安全の司令塔を務める。

 高校、大学と、家計を助けるためにアルバイトに明け暮れた。「女性が一生続けられる仕事を」と、警察官を選んだ。

 1989年に採用された当時、約50人の同期の中で「婦人警察官」は7人だけだった。制服はスカートにヒール靴。拳銃や、拳銃などを腰に巻く「帯革(たいかく)」の貸与はなかった。「これが社会が求める女性の枠組みだと、無理やり自分を納得させていた」

 やがて結婚、出産する。育児休業制度はなく、産前産後8週だけ休んで復帰した。「寿退職」が少なくない時代だったが、仕事を続けた理由は二つある。

 一つは、長年携わった、交通安全を守る仕事へのやりがい。死亡事故の撲滅に全身全霊をささげた。根本的に運転手の意識を変える交通安全教室の開催は、特に魅力的な仕事だった。

 もう一つは、「誰かの妻や母」ではなく、「中島久恵」で頑張れるから。「自分の名前で社会の一員として評価される場所を求めていた」と振り返る。

 約10年前、自分で段取りを進め、意見を反映できる仕事を増やそうとキャリアアップを決意した。警部になるためには東京の警察学校で約100日間学ぶ必要があった。小学生になった子どもの入学式には出席できなかった。

 女性の社会進出を取り巻く社会の変化を組織の中から見てきた。県警で警部以上に昇任する女性警察官は年々増え、今年は自身を含め8人。今までの警察組織は年中無休で働くことが前提で、仕事と家庭が両立できず、同じ土俵に立てない人も多かった。

 そんな時代は終わり、効率の良い働き方が業務上の重要事項になった、と受け止める。「社会の半分は女性。社会と警察の感覚がかけ離れていてはおかしいし、管理職は案外女性に向いている。恐れず目指してみてほしい」。

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