長崎くんちが戻ってきた

 元日と10月7日、1年のうちの2日だけ、長崎の郷土史家の故永島正一さんは「朝祝いの膳」についたという。なます、煮しめ、みそ汁に、朝から清酒の杯を傾ける、と著書「長崎ものしり手帳」(葦書房)にある▲正月と並んで、長崎くんちの前日(まえび)は特別だったらしい。弾んだ筆致で諏訪神社の熱気を書いた。〈石段はアルプススタンド。踊り見物の特等席となる。芝居でいえは二階正面席であろうか。書き割り(背景)は風頭山〉…▲「ものしり手帳」によれば、330年ほど前に来日した出島のオランダ商館医、ケンペルは著書「日本誌」で長崎くんちをこう描写したという。〈まことに巧妙でヨーロッパ第一流の俳優に比べて劣らない〉。演(だ)し物に目を丸くし、見とれたのだろう▲優美、豪華、勇壮という形容と、祭りをつなぐ思いは今昔、変わるまい。夏に長崎大水害があった1982年でさえ、演し物が奉納された▲400年近い伝統あればこそ、コロナ禍で生じた“切れ目”の傷は深かったろう。伝統文化を継ぐ人も、魅了されてきた人も、心に空白を抱えていた▲気温の変化だけではない。祭りや恒例行事といった風物が巡り来ることで季節を“感知”するのだと、私たちはその「中止」によって知らされた。秋を肌身に感じる祭りがようやく戻ってくる。(徹)

© 株式会社長崎新聞社