音楽の基礎能力にはいろいろありますが、その中でも特に役に立つのが初見演奏(以下「初見」)の能力です。初見とはその名のとおり、初めて見た楽譜でいきなり演奏することです。
練習をすることなく曲を演奏できてしまう魔法のような技術ですが、一体どのようにしたら初見はできるのでしょうか。また、練習方法はあるのでしょうか。そこのところを見ていきましょう。
楽譜の先を読む
初見においてなによりも大切なことは、常に現在演奏している部分の先を読むことです。
これは、文章を朗読するときと似ています。試しに文章を音読するときに次の二つの方法を試してみてください。
①読む場所と視線を一致させながら音読する ②一旦句点「。」まで黙読してから、あらためて音読する
読みやすさが圧倒的に違うはずです。②の場合は、一旦どのように読むかをイメージしてから声を出すことができるため、スムーズに口を動かすことができます。
⇒「楽譜を読める」と自信を持って答えられるようになるまでの経験談
楽器の演奏もおなじです。先の方まで見通して、どのように演奏するかをイメージしてから弾き始めることでスムーズに演奏することができるようになります。
とはいえ、楽譜の先を読むのは、なかなか訓練しないとできません。この時、脳内では一体なにがおきているのでしょうか。
初見の練習を始めたころは、弾いている次の小節を読む、というところから始まると思います。この時、次のような感覚になるのが理想です。
・視線で次の小節を追う ・頭の中で音と弾き方をイメージする ・このイメージを記憶する ・イメージ通りに身体を動かして演奏する ・身体は無意識に動かしておき、視線は次の小節に移る
パソコンに詳しい人は、ストリーミング再生をイメージすると良いかもしれません。データを先のほうまで受信しながら、再生も同時に行うことで、多少電波が途切れたり不安定だったりしてもスムーズに視聴することができます。
初見も同じで、多少難しい部分や、譜めくり部分があったとしても、前もって読んでおけば演奏しながら様々な対処を行うことができます。
弾きながらイメージトレーニングを行う
音が入り組んで複雑な部分や、演奏が難しい部分に出合ったときはどのようにすればよいのでしょうか。
まず、前提として難しい部分はできる限り前もって探しておきます。ページをめくったタイミングや、休符のあるタイミングでページ全体をさっと見渡し、難しそうな部分にあたりを付けておきます。そして、演奏しながら、その難しい場面が来るまで脳内でイメージトレーニングを重ねておきます。つまり、「身体は演奏しながら脳内では別の部分を練習している」状況を作るのです。
そんなことできるの!?と思われるかもしれませんが、この練習方法は後程紹介します。
弾けない場所は弾かない
実際にはイメージトレーニングでは到底弾ききれないような難しい場面にも良く遭遇します。こんなときは、どの音を省略するか、を考えることが第一です。
ピアノであれば、せめて旋律とバス(その和音の中の最低音)だけだったり、ヴァイオリンであれば、装飾を除いて簡素化した旋律だけだったり、場合によってはリズムだけ守って音はなんでもよかったり、と、自分の弾けるレベルまで音を省略したり変更してしまうのです。
もっとも大切なことは、「止まらないこと」と「正確なリズム」です。
普段の練習では、完璧に演奏するために、ゆっくりと練習し、間違ったら弾きなおすということをしている方が多いかと思いますが、初見のときは、逆に、一定のテンポで無理やりにでも弾ききるほうが大事です。
音を省略するといっても、楽譜とは違うことを弾くことになるので、曲に対する理解は欠かせません。これを可能にするのはしっかりと身に付いた和声の理論です。
初見の練習方法
初見をする際のポイントを改めて振り返ってみましょう。
・楽譜の先を読む ・弾きながらイメージトレーニングを行う ・弾けない場所を弾かない
この3点になります。
楽器の練習を行う時は、
何が必要なスキルなのかを分割して考え、それが効率よく上達できるような練習方法を考えること
が最も大切です。もちろん、自力で練習方法を考えるのは難しいと思いますので、先生にもよく相談すると良いでしょう。
楽譜の先を読む練習
楽譜の先を読む練習は、2人一組になって行うことができれば最高です。
まず、自分の実力と照らし合わせて簡単に弾ける曲を用意しましょう。 そして、まずは楽譜全体を1-2分眺めます。
⇒ピアノ上級者になってからの4つの段階とは…どのように上達していくのか?
1小節目を覚えたら、それを協力者に紙などで隠してもらいます。 それから弾き始め、2小節目に入った段階で2小節目を隠してもらいます。
このように、自分が弾いている小節に入ったらそこを隠してもらう、という練習をすることによって、先を読む力が身についていきます。 慣れてきたら、次の小節まで隠してしまう、など、隠す部分を増やしていくとよいでしょう。
イメージトレーニングのトレーニング
弾きながらイメージトレーニングするのは難しいので、「イメージトレーニングのトレーニング」をしましょう。
内的聴覚の練習と暗記の練習の二つが役に立ちます。
・内的聴覚の練習 実際には音が鳴っていなくても、頭の中で音楽が鳴っていることがありますよね。この感覚を「内的聴覚」といいます。これを鍛えます。
楽譜を眺めて、頭のなかで正確に鳴らす練習から始めます。旋律だけから始めて、徐々に複雑な楽譜も鳴らせるようにしていき、最終的にはオーケストラの楽譜でも正確に頭の中で再現できることを目指します。
・暗記の練習 また、楽譜を暗記して演奏することも、役に立ちます。
楽器無しで、楽譜を10分-15分程度眺め、楽譜のない状態で弾けるところまで弾きます。はじめは4-5小節が限界かもしれませんが、慣れてくると1ページから2ページ程度弾けるようになってきます。
これも始めのうちは正確に全ての音を再現する必要はありません。音楽の流れを捉え、情感を持って演奏できることが大切です。
この練習は初見にかぎらず普段の練習でも有効です。楽器が無くても十分に上達できるようになるため、移動中や休憩中も楽譜さえあれば練習と同じような効果を得られるようになります。
このようにして、だんだん楽譜から脳内の音、脳内の音から身体の動き、と感覚が繋がっていきます。これに慣れてくると、演奏しながら楽譜の先を読み、身体を次にどのように動かせばよいかわかる、という状態になることができます。
弾けない場所を弾かない練習
これは少し面白い練習です。正確に弾く練習ではなく、不正確に弾く練習となるからです。
まず、自分がすでにレパートリーにしている曲を単純化して弾くところから始めましょう。ピアノであれば伴奏の音の数を少なくしたり、ヴァイオリンであれば、旋律以外の場所を省略して弾く、などです。
単純化するためには、楽譜に書いてある音の役割を知る必要があります。旋律の肝となる大切な音を省略してしまってはいけません。
もし、これがなかなか上手く行かない場合は、和声理論やコード理論を学ぶと良いでしょう。和音の中の大切な音、飾りとなっている音などがわかるようになります。
しかし、ただ理論を知っているだけでは足りません。英語を流暢に喋れるようになるためには、英文法を完璧に説明できるようになるだけでは足りず、文法が身体の中に入っている必要があります。
日本語なら文法を間違ったときの違和感は感覚的に分かりますし、あえて間違った文法を用いて言葉の雰囲気を作ることもできますよね。このレベルまで和声理論やコード理論が身に付くと、曲を自由自在に省略したり豪華にしたりできるようになります。
初見が出来て何の役に立つ?
初見は非常に高度な技術ですから、絶対に身に付けなければいけないものではありません。初見が苦手だけれども、練習によって素晴らしい演奏に仕上げる一流の音楽家はたくさんいます。 逆に初見が得意なあまり、練習がおろそかになってしまい、毎回完璧な演奏を追求しなくなってしまう人もいます。
それでは初見は何の役にたつのでしょうか?
一つにはいろんな曲のつまみ食いができるということです。「この曲弾いてみたい」と思ったときに練習しなくてもとりあえず鳴らせるというのは楽しいですね。
アンサンブルでこれができると最高に楽しいです。楽譜を何人かで持ち寄って片っ端から演奏していく、というのは初見ができる人ならではの楽しみ方だと思います。
また、もしあなたがプロとして活動したいと思っているのであれば、手っ取り早く自分の技量をアピールすることができ、仕事に繋がります。
まずは、楽譜の少し先を読みながら演奏するところから始めて、初見の練習をしてみるのはいかがでしょうか。(作曲家、即興演奏家・榎政則)
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榎政則(えのき・まさのり) 作曲家、即興演奏家。麻布高校を卒業後、東京藝大作曲科を経てフランスに留学。パリ国立高等音楽院音楽書法科修士課程を卒業後、鍵盤即興科修士課程を首席で卒業。2016年よりパリの主要文化施設であるシネマテーク・フランセーズなどで無声映画の伴奏員を務める。現在は日本でフォニム・ミュージックのピアノ講座の講師を務めるほか、作曲家・即興演奏家として幅広く活動。