隣町だって大きな期待 開業に沸く宇都宮LRT

 【汐留鉄道倶楽部】栃木県の県都・宇都宮市と東隣の芳賀町が整備した次世代型路面電車(LRT)の「宇都宮芳賀ライトレール線」が8月26日に開業した。市政担当として開業までの節目を取材してきた筆者は、今ほっと一息ついているが、過去の仕事を振り返り心残りなのは芳賀町のこと。「宇都宮市などが整備した…」の「など」のように、記事で町の存在を省略したことは一度や二度ではない。スポットライトを当ててこなかった町をこの身で体感しよう。そう思い立ち、真新しいLRT車両「ライトライン」に乗り込んだ。
 

開業初日、宇都宮駅東口停留場を出発するLRT車両「ライトライン」の一番列車

 開業から2週間余りとなる平日の昼間。JR宇都宮駅の東口に設けられた「宇都宮駅東口」停留場を訪ねると、乗り場は電車を待つ人で埋め尽くされていて開業の熱気は冷めない様子。混雑を避けようと次の電車に乗り込むも、50ある座席はほぼ満席だ。筆者を含め通路に立っている人も見渡す限りで30人以上いた。通勤通学の時間帯は終わっており、乗客は親子連れからお年寄りまでさまざま。「一度は乗ってみたい」というニーズを掘り起こしているようだ。
 

 いよいよ出発したライトラインは、昨年11月の試運転中に起きた脱線事故の現場となった急カーブをゆっくり通過し、ビル街のど真ん中を走り出す。快調に走る。対照的に、ドアのそばに立っていた筆者の体調には異変が生じた。残暑から汗でぬれた体に、車両内の冷房が効きすぎたのか、鼻水が止まらなくなる事態に。そこからは電車が停留場に止まる度に入り込む外気で〝暖〟を取り、走っている間は寒さに耐える、の繰り返し。市街地の「鬼怒通り」では停留場間の距離が短く、2分程度我慢すれば冷えた体を暖められたが、鬼怒通りを右に曲がり車が並走しない専用軌道に入ると次の停留場までの距離と時間が長くなり、くしゃみまで出る始末。周囲の視線が気になり、停発車がスムーズだと評判の乗り心地や車窓の風景を味わう余裕は全くなかった。出発から約40分。筆者の修行のような時間をよそに、ライトラインは芳賀町に入った。

乗客らでにぎわう宇都宮駅東口停留場

 芳賀町は人口約1万5千人。県内有数の米どころで梨やイチゴの栽培も盛んだ。一方で自動車産業を中心に約100社が進出した工業団地が立地する工業の町でもある。宇都宮市と町が整備し第3セクター「宇都宮ライトレール」が営業主体となるライトレール線は全長14・6キロ。19の停留場があり、町内には「芳賀台」「芳賀町工業団地管理センター前」「かしの森公園前」、終点の「芳賀・高根沢工業団地」の4停留場が設置されている。

 歴史をひもとくと、宇都宮市がLRT整備の構想を始めたのは30年前。工業団地がある市東部の交通渋滞の解消が主な狙いだった。芳賀町は当初、名を連ねていなかったが、2013年に転機を迎える。市がJR宇都宮駅東側から「宇都宮テクノポリスセンター」までの約12キロを優先的に整備に取り組む方針を決めると、町は好機と、テクノポリスセンターに隣接する町の工業団地までの延伸を市に要望したのだ。市は延伸によってさらなる需要が見込めるとして、共に事業を進めていくことが決まった。

 地図を見ると、停留場が設けられた工業団地は町役場がある中心部からは直線距離で約5キロ。いわば町の端っこだ。しかも、乗客の多くは工業団地で働く宇都宮市民と見込まれている。町は1年分の予算(本年度当初86億円)に匹敵する計81億円の整備費を投じたのに…。「町民の理解は得られているのか」。そんな疑問も湧いてくる。ただ、町民から目立った反対の声はないという。開業前に取材した大関一雄町長の言葉に、理由の一端がありそうだ。いわく「鉄道が通っていないのは芳賀町だけだったんです」。

地図 宇都宮芳賀ライトレール線

 この「だけ」には重みがある。同じ芳賀郡の益子、茂木、市貝の3町と、隣接の真岡市にはJR真岡線から転換した第三セクター「真岡鉄道」があり、主に週末に運行する蒸気機関車(SL)が全国の鉄道ファンらの人気を集めている。それを横目に、鉄道空白地帯であり続けた芳賀町の人たちにとって、LRT開業は悲願だったのだろう。

 町も開業だけで満足しているわけではない。観光客にLRTからバスなどを乗り継いで町を周遊してもらい、開業効果を町全体に波及させたい考えだ。誘客の売りの一つとして推すのが温泉施設を併設した「道の駅はが」だ。実を言えば、LRTに乗った筆者の目的地もこの道の駅。停留場「芳賀町工業団地管理センター前」で下車し、信号を渡った先にあるバスやタクシーなどとの乗り換え拠点である「芳賀工業団地トランジットセンター」に着くと、すぐに路線バスがやってきた。

 筆者は乗り換えに成功した。ただ、停留場からの横断歩道の信号がすぐに赤になり、渡りきれず足止めされた数人は、筆者を乗せて走り出したバスを見つめるほかなかった。電車の到着からバスの出発まで7分間の余裕があったはずが、到着が遅れたことが影響したようだ。開業直後から乗客対応などで遅延しやすく、定時運行は今後の課題の一つだ。

日曜の「道の駅はが」の様子。特産の梨にちなんだイベントでにぎわっていた

 バスは稲穂の揺れる田園地帯を走り抜け、道の駅前のバス停「芳賀温泉ロマンの湯」に。乗車時間は10分程度。宇都宮駅からだとおよそ1時間だ。料金はLRT、バスともに350円で計700円。時間と距離から比較してバス代が割高に感じるが、地域の足として維持するにはやむを得ないのだろう。
 美肌効果をうたう2種類の温泉につかり、サウナで蒸された後は柔らかな水質の水風呂へ。さっぱり良い気分で直売所に行くと、商品棚には町名産で今が旬の梨が所狭しと並んでいた。梨を使ったジェラートも評判だという。週末には大勢の人でにぎわう様子が目に浮かんだ。

 「LRTを使って訪れる人も増えているのでは」と道の駅関係者に尋ねると、「いや、どうでしょうか…」と困惑気味だ。実際、筆者とともにバスを降りた人はゼロだった。

芳賀温泉ロマンの湯ではLRT車両「ライトライン」を模したカレーを開発。チラシのコースの他、土日限定でカレー単品の提供も行う

 車両を模したカレーを提供したり、イベントを開催したり。町は開業ブームをチャンスと捉え、力を入れているが、PRも今後の課題となりそうだ。大関町長は真岡鉄道を含めて周遊してもらうアイデアを語っていた。LRTは開業したばかり。晴れて電車の通る町になった芳賀町のこれからに注目したい。

 ☆共同通信宇都宮支局・松森好巨

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