札幌五輪を断念

 「人生の一ページ」というように、人の一生はよく一冊の本に例えられる。ならば、胸に深く刻まれる出来事は「栞(しおり)」と呼ぶのがふさわしい▲喜びと悲しみ、災難や運命の出会いと、過去を思い起こすたび、たちどころにそのページが開かれる。人生という本に、誰もが自分だけの栞を挟んでいる▲大きな祭典、事件、災害のように、同時代を生きた人々が分かち合う栞もある。例えば、戦後の高度成長期という空気を吸った日本人が共有した栞は何だろう。1964年の東京夏季五輪を挙げる人は少なくあるまい。来年で60年になる▲その祭典は、戦後の成長の坂道を上る日本人に前を向かせた。熱気、期待、活力と、どれを取ってもその“前向きの時代”には遠く及ばなかったらしい。札幌市などが2030年の冬季五輪・パラリンピックの誘致を断念すると表明した▲21年の東京大会を巡る汚職・談合事件が影を落としたとしても、地元では「いま、なぜ、札幌で?」と問われ、支持が広がらなかったという。34年以降の招致も続けはするが、道は険しい▲1972年の札幌五輪では地下鉄や地下街が整った。五輪で一変する日本、一変する町を、今も皆が求めているかといえば、おそらくそうではない。初の東京大会という美しい栞は古今、一枚きりだろう。(徹)

© 株式会社長崎新聞社