「本当に奇跡が起きるとは…」 奇跡のフェス「バーニングマン」で災害級の豪雨(後編) 砂漠で身動き取れず でも脱出できたのは「与え合い」のおかげ

砂嵐で白に包まれた世界に戯れる男女。視界がほとんど利かなくなるような嵐が、多い日は1日に何度も吹き荒れる=8月29日早朝、齋藤智之氏撮影

 何もかも常識外れの音楽フェス「バーニングマン」に、初参加の私もどっぷりつかっていた。しかし、そんな楽しい時間に文字通り暗雲が立ちこめたのは、来てから6日目、9月1日金曜日の午後だった。
 この時期、ほとんど雨が降らないはずの砂漠に雨が降り始める。多少の水分なら砂が吸収してしまうが、ひとたび限界を超えると、砂はこれまでに見たことのない、つきたての餅のような粘着質の泥に変化する。数メートル歩くだけで、両足は泥の固まりとなり、足の底にも泥がどんどん吸着するため、背が高くなっていく。こうなると自転車も車も移動は不可能だ。
 車の移動は禁じられ、場内のラジオは「動き回らず、暖かい場所にとどまってください。周りを見渡し、助けが必要な人がいたら手を差し伸べてください」との案内を繰り返すようになった。
 土曜日の午後に会場を出るバスで日本への帰国を予定していた私としては、かなり困った展開である。テントの周りは既に水浸しになっている。なんとか早く雨がやんでくれるように祈りながら寝たが、打ちつける風雨は無情にもさらに強まり、夜中に嫌な予感で目が覚めると、ついにテントの床もじわじわと浸水が始まっていた。(共同通信=井手壮平)

筆者が参加したイタリア風食前酒を出すキャンプ

【※この記事は、記者が音声でも詳しく語っています。共同通信Podcast「きくリポ」を各種ポッドキャストアプリで検索してください→奇跡のフェス「バーニングマン」(後編)豪雨でぬかるんだ砂漠から、文字通り〝奇跡〟の脱出

 ▽錯綜した情報
 幸い、翌土曜日の朝には雨はほとんどやんでいたが、道路の冠水はさらにひどくなっている。通行止めも続いており、予定通り帰国することは絶望的な状況だ。グループで行動しているため、水や食料には余裕がある。だが、携帯電話の電波はもともと圏外のため、予定変更を家族や職場、航空会社に知らせる連絡手段はない。
 通信は頭の痛い問題だったが、なんと隣のキャンプがウクライナでも活躍したスターリンク(イーロン・マスク氏が打ち上げた人工衛星を使った通信サービス)を使っており、わざわざパスワードを教えに来てくれた。これで飛行機の予約変更などは解決し、あとは1日でも早く大地が乾き、バスが出るのを待つしかない。
 だが、天気次第ということもあり、バスに関する情報は錯綜している。当分出ないという話もあれば、日曜日の朝一番で出せそうだという人もいる。ここまで来て言うのもなんだが、そうそう何日も会社を休むわけにもいかない。

朝日を浴びながらサックスを吹く若者

 ▽バスでの脱出を決意
 天気予報によると、日曜日の午後からまた雨が降り出す可能性があるという。まとまった雨がまた降れば、あと何日足止めされるか分かったものではない。土曜の晩は仲間のキャンピングカーで仮眠を取り、どのくらい現実的なのか分からないが、朝一番のバスが出るという可能性に賭け、午前6時頃、夜明け前のキャンプを出た。
 地面は前日よりだいぶ乾いている場所はあるものの、交差点など、往来の多いところはまだ、くるぶしまで沈み込む泥沼のままだった。バス停までの道すがら、脱出を試みて動けなくなっている車を何台も見た。そのうちの1台から助けを求められ、車を後ろから押した。車はなんとかぬかるみを脱出。運転手に道中の無事を祈ってバス停へと先を急いだ。
 20キロ超の荷物を担いで歩くこと約30分、ようやくバス停に着いた。だが、そこには運転手のいないバスの中で疲れ切った表情の乗客がいるだけで、バスが動き出す気配は全くない。どうしたものかと思案していると、そばにいた青年が「バスの担当者たちの会議を盗み聞きしてきたけど、今日動かす気は全くなさそうだぜ」と教えてくれた。
 万事休す。いったい、あと何日ここにいることになるのか。そう思った時、なんと先ほど助けた車が走ってくるのが見えた。

筆者を乗せて脱出してくれたジョセフ・スティッツさん。舗装された道路に出たときの安堵感はたとえようがなかった。プリウスはちょうどこの旅を最後に、いとこにあげるところだったという=9月3日

 ▽かくなる上は
 「リノ(最寄りの都市)まで乗せてくれませんか?」
 運転している男性にすがる気持ちで聞くと、「もちろん」と明るい返事。彼の名前はジョセフ・スティッツさん(32)。アーティストで、妻子をカリフォルニアに残してたまたま1人で来ていた。
 彼の運転する20年以上落ちのトヨタ・プリウスに同乗させてもらったのはいいが、舗装道路に続く道は引き続きところどころぬかるんでおり、何台もの車が進退窮まっていた。だが、スティッツさんはコースを変え、道のない砂漠の中、比較的乾いている場所を選んで巧みに通り抜ける。途中には小川が2本流れており、スピードを上げて飛び越える時には生きた心地がしなかったが、老プリウスはなんとか私たちを舗装道路まで運んでくれた。

幹線道路から会場に入る入口を警備するパトロールカー

 舗装道路との境界にはパトカーが何台か止まっていた。自動車の移動は禁じられていたため、違反切符でも切られるかと身構えたが、皆、笑顔で手を振ってくれた。助けた人に助けられる。こんな出来すぎた展開に、トモ君の「最終的には奇跡が起きる場所だから、そんなに心配しなくても大丈夫」という言葉が再び浮かんできた。

深海魚のような形をした自動車

 ▽意外と平気な人たち
 最後に記すと、皆が私のように脱出を焦っていたわけではない。そもそも各キャンプのオーガナイザーたちは、それぞれのサイトの後片付けがあるため、会期後も最長1週間ほど残る予定の人たちが多い。
 人気俳優のクリス・ロックが10キロも歩いて脱出し、ファンの車に拾われたといったエピソードもあったが、滞在が数日延びるくらい何の問題ない、と悠然と構えている人たちも多く見た。ラジオでは食料が尽きた人のために、焼きたてのパンを配るキャンプの情報が流れ、人々が助け合う様子はそこかしこに見られた。豪雨の中でも大音量でダンス音楽を流し、踊り続けるつわものたちのキャンプもあった。
 雨が降ろうが、砂嵐が吹こうが、パーティーは続く。その精神は、無事帰国を果たした私の心のどこかでも、ずっと生き続けるような気がしてならない。

筆者=齋藤智之氏撮影

※前編はこちら「大雨で数万人が孤立」なのに意外と平気…奇跡のフェス「バーニングマン」は想像を超えるクレイジーさ(前編) イーロン・マスクらIT長者がこぞって参加、7万枚が即完売、お金の通用しない場所

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