プロと変わらない!?米国の大学スポーツで活発化する学生選手の「転校」 背景に二つの新制度

ルイビル大時代のヘイリー・バンリス選手=2022年4月、ミネアポリス(ゲッティ=共同)

 秋から冬にかけて、本格的な盛り上がりを見せる米国の大学スポーツだが、近年、地殻変動と言ってもいいような大きな変化の中にある。プロに劣らぬ人気を集めるアメリカンフットボールや男女のバスケットボールでは、大学生でもある選手の転校が急激に増加し、大学スポーツの在り方が急激に変わった。(共同通信=山崎恵司)

 ▽3年生のスター選手が転校

 NCAA(全米大学体育協会)の2022-23年シーズンバスケットボール女子トーナメントは4月3日、ルイジアナ州立大(LSU)の優勝で幕を閉じた。それから数週間後、1人の有名選手の転校のニュースが注目を集める。強豪校のルイビル大を全米ベスト8に導いたエースのヘイリー・バンリスが全米王者のLSUへ転校することが明らかになったのだ。
 3月27日の準々決勝でルイビル大は、後に準優勝したアイオワ大に83―97で敗れたが、バンリスはチーム最多の27点を挙げた。2022―2023年シーズンでバンリスは3年生ながら、37試合すべてに先発し、1試合平均19・7点を記録したチームのエースで、全米でも注目を集める選手だった。

 ▽チームメートの今野選手も困惑

 バンリスの転校は米国でも驚きを持って受け止められた。今年、Wリーグのデンソーアイリスに入団した今野紀花選手は6月に米ルイビル大を卒業したばかり。1学年下のチームメートだったバンリスが最終学年を待たずに転校したことに驚き、困惑したという。
 「ヘイリーのLSUへの移籍というかトランスファー(転校)については、正直言うと、チームの人たちも困惑していた。まず、ルイビル大でトップの選手として、顔としてやってきていたし、結果も残していた。プレーの面ではみんな、彼女にボールを集めていたし、トレーニングスタッフも結構必死になって力を注いで、投資というか、彼女中心でやってきたので、ルイビル大を離れると聞いたときはみなさん困惑していて、チーム内の人も本人と話したみたいなんですけど、実際の本当の理由は分からないと」。

ルイビル大時代の今野紀花選手=2021年11月、シアトル(共同)

 今野選手は仙台市の聖和学園高からルイビル大に進学。言葉や生活、学業など、日本とまったく異なる環境の中で、バスケットボールに取り組んだ。その過程で、米国大学スポーツの変化、ダイナミズムを肌身で感じた。

 ▽転校を急増させた二つの制度

 米国の大学スポーツ界で進行する変化の象徴的な例として、ヘイリー・バンリスの転校を取り上げた。なぜ、学生である選手の転校が急増したか。それには二つの理由がある。
 NCAAは2018年、転校の手続きを「トランスファーポータル」というデータベースに集約した。競技ごとに登録できる期間が決まっていて、転校を希望する選手が登録することにより、透明性が高まり、選手にとっても、大学にとっても簡便にできるようになった。転校が増えた理由はまず、この制度的な改善が影響している。
 NCAAの公式サイトによると、2021年にトランスファーポータルを使って転校したNCAA1部の大学に所属する選手の総数は1万129人で、2022年には1万1902人に増加した。
 もう一つ、画期的な変化が背景にある。それは「Name Image Likeness」の頭文字を取って「NIL」と呼ばれる制度を、NCAAが2021年、導入したことだ。これは端的に言うと、選手が自分の名前と肖像権を使って、収入を得ることを認めるものだ。これまで、選手はアマチュアリズムに束縛され、自分たちのプレーでリーグや大学が手にする巨額の収益を分配されないことに不満を持ち、法廷闘争を繰り返してきた。2021年6月、米連邦最高裁が「NCAAの対応は反トラスト法に違反している」との判断を下した。それが契機となって、NIL導入が進んだ。

ルイジアナ州立大のエンジェル・リース選手=3月、グリーンビル(ゲッティ=共同)

 On3NILという大学を対象にしたスポーツビジネスのサイトは、選手の価値を推定してランク付けしているが、その根拠にしているのが、選手自身が運営する3つのSNS、インスタグラムとティックトック、X(旧ツイッター)のフォロワー数だ。女子選手のNILでの評価トップ100のリスト(9月26日付)を見ると、1位は体操のリビー・ダンでSNSのフォロワー数1210万人。NILでの推定価値は320万ドル(150円換算で約4億8000万円)になる。2位はエンジェル・リースでフォロワー数520万人、推定価値170万ドル(約2億5500万円)。3位はフロージェイ・ジョンソンで310万人、110万ドル(約1億6500万円)。ちなみに1位のダンと2位のリース、3位のジョンソンはいずれもLSUで、リースとジョンソンはバスケットボールだ。
 バンリスは6位でフォロワー110万人、推定価値55万8000ドル(約8370万円)。つまり、上位10人のうち、トップの3人を含め、4人がLSUの選手ということだ。

 ▽NILに積極的なLSU

 LSUはNILの活用に積極的だ。NILとルイジアナ州立大の頭文字LSUを組み合わせ「NILSU」というプログラムを立ち上げた。「選手にとって、個人のブランド化を進め、NILの機会を最大化できる最高の場所にする」。女子バスケットボール部のキム・マルキー監督は昨年7月、NILを促進するため、専門のスタッフを置いた。選手のNILの活動を手助けするためだ。
 トランスファーポータルで、チームの軸になるような能力の高い選手を獲得すれば、チームの成績が一気に向上するのは自明の理だ。典型的な例がフォワードのエンジェル・リース。メリーランド大で2シーズンプレーした後、トランスファーポータルで転校してきた。2022-23年シーズンは36試合すべてに先発し、いずれも1試合平均で23得点と11・9リバウンドのダブルダブルの大活躍。LSUが初の全米王座に就く原動力となった。
 そこに今度は、同じように転校してきたバンリスが加わる。スポーツ専門放送局ESPNの電子版は2023-24年シーズン前のランキングを掲載したが、1位に挙げられたのがLSUで、バンリスの加入が理由の一つになっている。また、転校選手のベスト35人ではバンリスが1位で、2位のアニーサ・モローもディポール大からLSUに転校してきた。LSUはトランスファーポータルで転校してきた強力な3人で連覇を目指すことになる。
 LSUのキム·マルキー監督はこのほど、10年、3200万ドル(約48億円)で契約を延長した。この条件は大学バスケットボール女子では史上最高額と言われている。時代の潮流に合わせてチームを作り上げる手腕も評価されたのではないか。

 ▽プロと大差ない大学スポーツ

 数年前なら、大学の監督は高校から才能ある選手をリクルートすることだけに集中していれば良かったが、時代は完全に変わった。大学生の選手が収入を求めて、簡単に大学を移っていく。フリーエージェント制度でチームを移籍していくプロと変わらない。プロでは「フリーエージェントマーケット」という言葉があるが、大学でそれに相当するのが「トランスファーポータル」だと見ることもできる。強豪大学の監督の仕事は、プロチームのゼネラルマネジャーに近づいてきた。
 ここまで、バスケットボール女子を舞台に起きている変化を見てきたが、事情はアメリカンフットボール、バスケットボール男子も同じだ。転校しやすい環境がトランスファーポータルで生まれ、NILという動機が与えられた。チャンスを求めて、積極的に動く米国人の気質も下地にある。今野選手は振り返る。

ルイビル大でバンリスのチームメートだった今野紀花選手(デンソーアイリス提供)

 「シーズン中の扱い方にちょっと不満があって、このチームじゃなくて他のチームに行って出場時間が欲しいとか、求めるものを追っていく精神がアメリカの人はすごい。ここは気に入らないと思ったら、新しい機会を、というところに躊躇がないので、もうシーズン中から『次はもう他のところへ行くよ』みたいな人もいますし、そういうのは本当にすごいなと思います。安定を求めちゃうのがたぶん日本人だと思うのですが、アメリカの人は次へ、次へ、自分が活躍できるところ、自分が本当にハッピーでいられる場所、自分のためになる場所を追い求める姿勢が本当にすごいなと思います」
 トランスファーポータルとNILの導入で、パンドラの箱を開けてしまった感がある米大学スポーツ。既にイメージがプロと変わらなくなったといっても過言ではないかもしれないが、ここ数年の変化はまだ始まったばかり。米大学スポーツはさらに変貌を遂げていくだろう。

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