韓国でくすぶり続ける「核保有論」 背景には北朝鮮の脅威と米国への不信感

23年3月、韓国・ソウルで北朝鮮の弾道ミサイル発射を伝えるニュースを見る人(聯合=共同)

 北朝鮮の核・ミサイル開発によって脅威が高まっていることを背景に、韓国でくすぶり続けているのが「核保有論」だ。韓国が独自に核兵器を保有すべきだとの意見は保守層を中心に根強いが、各世論調査では半数以上が賛成の意見で、保革にとらわれない広がりを見せる。そうした声が出る背景や、実際に核保有に至る可能性について探った。(敬称略、共同通信=佐藤大介)

 ▽対話は不可能

 大統領の尹錫悦(ユン・ソンニョル)は23年1月、北朝鮮の脅威が深刻化していることから「(米国の)戦術核を再配備したり、われわれ自身が核を保有したりすることもあり得る」と述べ、波紋を広げた。米国は4月の尹との首脳会談で拡大抑止の強化に合意、核保有論の沈静化を図るが、世論への影響は不透明だ。
 核を求める声の背景には、米国への不信感と共に、核兵器の恐ろしさが十分に知られていない現状ものぞく。
 「北朝鮮にとって核兵器は安全保障の最重要部分であり、非核化は現実的に不可能だ。対話を通した解決など、幻想に過ぎない」。韓国・世宗研究所の統一戦略研究室長、鄭成長(チョン・ソンジャン)(59)は、そう断言し「韓国は核保有という選択肢を持たなくてはならない」と主張する。
 北朝鮮の専門家として知られる鄭は、自らの政治的立場を「中道」と言う。問題ごとに保守や革新へ支持は揺れるが、北朝鮮を取り巻く状況は「脅威のレベルが格段に上がっている」と危機感を隠さない。
 「(北朝鮮は)非核国である韓国への戦術核攻撃も想定しており、防衛的な次元を超えた」。核保有を唱え「保守派」と糾弾されても、気に留める様子はない。

北朝鮮が核・ミサイル開発をやめることは「考えられない」として、韓国も核武装すべきだと主張する世宗研究所統一戦略研究室長の鄭成長氏=23年6月

 ▽疑念

 同時に、鄭が抱いているのは、朝鮮半島有事が起きても米国は介入をためらうのではないか、という疑念だ。
 「北朝鮮は米本土に届く大陸間弾道ミサイル(ICBM)を開発している。米国が果たして、自国が核攻撃される可能性を甘受するだろうか」と話し、核保有の必要性を強調する。
 そうした思いは、原子核工学が専門のソウル大名誉教授、徐鈞烈(ソ・ギュンリョル)(67)も同様だ。「有事の際、米国はソウルを捨ててニューヨークを守るだろう」とし、核保有のため核拡散禁止条約(NPT)脱退も含めた議論をすべきだと話す。
 独自の核開発は「短期間で核武装を行うことができる技術的、財政的能力が十分にある」とし、「北朝鮮による核の脅威を、未来の世代に残してはいけない」と力説した。

 ▽認識の違い

 こうした世論について、革新系市民団体「参与連帯」の平和軍縮センターチーム長、黄琇暎(ファン・スヨン)(36)は「安全が脅かされる不安の表れ」とし、対話を通じた平和的な解決が必要と訴える。
 核保有には「核兵器の開発や保有などを禁じた1991年の南北非核化共同宣言を自ら破ることになり、北朝鮮に核放棄を迫れなくなる」と、強く反対する。
 韓国は日本と同じく米国の「核の傘」に依存し、米軍基地も置かれている。そうした中で、韓国政府が核保有を決断するということは「現実性がない」と考える。
 だが、国民の関心は、北朝鮮による核・ミサイルの脅威に集中しており、核兵器をどう削減するかといった議論にはなっていないとも感じる。「核保有が、これまでの世界各国の努力に逆行することを認識すべきだ」

 ▽知られていない非人道さ

 一方、市民団体「平和ネットワーク」代表の鄭旭湜(チョン・ウクシク)(51)は「核兵器に対する認識が、韓国人と日本人で決定的な違いがある」と指摘する。鄭は「私はそうした考えには同意しない」とした上で、こう説明した。
 「『原爆投下で日本が無条件降伏し、朝鮮が解放された』と、短絡的に理解している人が少なくない。被爆は日本だけの問題とし、核兵器がそれほど恐ろしく非人道的な兵器なのかということについて、韓国人はあまり考えてこなかった」
 広島、長崎では多くの韓国人も被爆したが、その歴史は「ほとんど知られていない」という。「だからこそ、北朝鮮が核・ミサイル開発を進めるのなら、韓国も核保有すべきだという単純な発想になってしまう」

 ▽歴史を盛り込む

 こうした韓国側の世論を、日本で核廃絶運動を行ってきた当事者は、どう受け止めるのか。非政府組織(NGO)「ピースボート」共同代表の川崎哲(かわさき・あきら)(54)は「北東アジアの非核化を求める運動が、韓国で大きな流れにならないという認識はある」と言う。
 川崎は「植民地支配の歴史もあり、日本の被爆経験を普遍的な物語として韓国に伝えるのは難しい」とし、「日本人以外の被害者に力点を置くべきだ」と考える。
 「韓国人被爆者や核実験被害者の歴史を盛り込むことで、核兵器は国を超えた人類の問題である、という視点を示せる」
 韓国の核保有は「すぐに現実化するとは考えにくい」と言うが、朝鮮半島を巡る緊張が高まれば予測不可能な面もある。
 「非核化の原則に立ち返ることが最もリーズナブルであると、北朝鮮を説得する。それが日韓に求められていることではないか」。川崎は、言葉に力を込めた。

「広島、長崎の記憶を、日本だけの物語にしない取り組みが必要」と話す「ピースボート」共同代表の川崎哲氏=23年6月

 ▽膨大なコスト、可能性低い 東京大教授・遠藤乾氏

 北朝鮮の核・ミサイル開発への懸念は理解できるが、実際に韓国が核兵器を保有するには障害が多過ぎ、可能性は非常に低いと見ている。
 核拡散防止条約(NPT)は完全に機能不全に陥ったわけではなく、核保有国の不拡散に対する決意を低く見積もるべきではない。米国との関係を崩し、国連安全保障理事会による制裁も考えられ、原発の原料を確保するのも難しくなるなど政治的・経済的なコストは膨大だ。
 韓国内では、北朝鮮の核・ミサイル技術が向上して米本土も射程に収めることから、韓国が北朝鮮から攻撃を受けた際、同盟国として米国が韓国を防衛することに消極的になるのでは、との見方がある。
 ただ、米国の「核の傘」提供を軸とした拡大抑止への疑念は常にある。北朝鮮の狙いは、その疑念につけ込むことだ。
 北朝鮮の核は本質的に体制防御的であり、通常兵器での劣勢を補うものと位置づけられる。核を使ったら体制が抹殺されるという、北朝鮮側の恐怖心を担保することが大事で、韓国における拡大抑止への疑念は十分に根拠があるものとは思えない。
 その前提が崩れるのは、再びトランプ氏のような人物が米国で政権に就き、半島へのコミットメントを変える瞬間だ。

韓国の核保有は国際社会からの反応などから「可能性は低い」と話す東京大教授の遠藤乾氏=23年6月

 万一、韓国が核保有に踏み切った場合、中国が反対するのは織り込み済みだ。反実仮想でしかないが、中国政府が韓国の核武装を脅威ととらえ、無限軍拡を恐れて軍備管理へ向かう可能性がないわけではない。
 だが、大国意識のある中国が「北朝鮮への対抗だ」と言い張る韓国を前に政策を変えるとは思えず、やはりポジティブな影響は見いだしにくい。
 一方、日本では究極の攻撃的、非人道的兵器である核兵器への反感は根強い。仮に韓国が核保有に走ったとしても、自動的に日本に拡散するということではないだろう。
 4月の米韓首脳会談では、拡大抑止を強化する「ワシントン宣言」が出されたが、実質のない象徴的な動きで、大勢に影響ないと考えている。韓国での核保有を求める声が一時的に静まるかもしれないが、根強い拡大抑止への疑念を払拭しうるものではない。
 北朝鮮を暴力的に核武装解除させることができない以上、暴発を防ぐために当面は拡大抑止に片足を置きつつ、緊張緩和に向けた働きかけを根気強く行う。これが現実的な選択だ。
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 えんどう・けん 1966年、東京都出身。北海道大卒、英オックスフォード大政治学博士。米ハーバード法科大学院研究員などを歴任。北海道大教授から22年に現職。「安全保障とは何か」(編著)など著書多数。

 ▽核保有に対する韓国世論

 韓国の世論調査会社「リアルメーター」が今年4月に発表した調査結果では、核保有について賛成との意見が56・5%で、反対と答えた40・8%を上回った。
 賛成する理由は「北朝鮮の核の脅威に対抗するため」が45・2%と最も多く、2番目は「(南北間での)核保有の均衡が国益に役立つ」(23・3%)だった。
 一方、反対の理由で最多だったのは「核拡散防止条約(NPT)加盟国として国際社会の制裁を受ける」で、44・2%。次いで「周辺国の核武装を促すおそれ」が29・4%だった。

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