鎖骨骨折も問題無し? もつれる王座争い。マルケスがホンダにもたらす影響/MotoGPの御意見番に聞くインドネシアGP

 10月13~15日、2023年MotoGP第15戦インドネシアGPが行われました。木曜日にはマルク・マルケスのグレシーニ・レーシングへの移籍が決定。スプリントではホルヘ・マルティンが優勝してドゥカティのコンストラクターズチャンピオンが決まり、日曜日の決勝では転倒。一方フランセスコ・バニャイアが決勝では優勝してランキングトップが2度も入れ替わるなど、話題の多いグランプリでした。

 そんな2023年のMotoGPについて、1970年代からグランプリマシンや8耐マシンの開発に従事し、MotoGPの創世紀には技術規則の策定にも関わるなど多彩な経歴を持つ、“元MotoGP関係者”が語り尽くすコラム第20回目です。

※ ※ ※ ※ ※ ※ 

–今回のインドネシアGP、レース前はマルク・マルケス選手の移籍の話題でもちきりでしたけれど、いざ始まってみるといろいろとドラマチックな展開があって、改めて「レースは筋書きの無いドラマ」という言葉を実感しましたが、ご意見番的にはどうでしたか?

 たしかに、色々ドラマがあったね。

 マルケス選手の件は後で話すとして、最初に驚いたのがトレーニング中に鎖骨を骨折して手術したばかりのマルコ・ベゼッチ選手が出場したことかな。まあ、昔から鎖骨骨折は「あ、鎖骨ね。それなら次のレースは出られるね」的な軽い扱いで有ったのは事実だけど、さすがに一週間もしないうちにレースはきついだろ。

 おまけに初日のFP1でかなりのハイスピードでクラッシュした時には、「ああ終わったな」と思ったよ。

–それがスプリント3位、レース5位と大活躍ですからね。痛みとかは無いのでしょうか?

 僕も若いころに鎖骨を折った経験があって、単純な骨折だから手術はしなかったけど、無理に動かすとかなり痛いよ。単純な骨折の場合、ニ週間ぐらいで骨が再生されてきて、完治まで一カ月くらいかかるから、ライダーの場合は骨折の形態に関わらずプレートを入れて、早期に戦線復帰させるのが通例だね。

 問題はプレートを入れた状態でクラッシュするとプレートが変形したり別の部分が骨折したり、かなり大きなリスクを背負う事になるんだ。その点、ベゼッチ選手はすごくラッキーだったと言えるよ。

 ま、師匠のバレンティーノ・ロッシが2010年にムジェロでクラッシユして、右脛を複雑骨折したのに事故後41日でレースに復帰して、ケーシー・ストーナー選手と競り合って4位入賞という経歴の持ち主だから、「鎖骨くらいで休場するのか?」という雰囲気は有ったかもしれないね(笑)

 それにしてもチームメイトのルカ・マリーニ選手もインドGPのスプリントで鎖骨を骨折しているから、ムーニーVR46は災難続きだね。

マルコ・ベゼッチ、ホルヘ・マルティン/2023MotoGP第15戦インドネシアGP スプリント

–マリーニ選手と言えば、初日からアプリリア勢が優勢だったなか、PPを獲得してスプリントも2位と、突如覚醒したかのような走りでしたが、レースでは序盤にブラッド・ビンダー選手と接触して呆気なくリタイアしてしまいました。まさに天国と地獄ですね。

 そのマリーニ選手と対照的に、プラクティスで16位と絶不調のフランセスコ・バニャイア選手は、Q1でも同僚のエネア・バスティアニーに選手に邪魔されて勝ち上がれなくてスプリントでも負けていた。ところがレースではあれよあれよという間にトップに躍り出て、優勝するというドラマチックなレースを演じて見せた。

 こういう振り幅の大きい展開は見応えがあるよね。本人は「目立とうと思ってQ1スタートにしてみた」とか強がりを言っていたようだけど、それがただの強がりでは無かったのは「あっぱれ」としかい言いようがない。

–バニャイア選手の序盤の不調は何が原因なんですかね?

 彼の場合、初日のペースが上がらないというケースは珍しい事では無くて、マシンのセットアップがしっくりこないとうまく走れないという神経質な一面があるようだね。

 でもQ1では3番手だったけれど、実はQ2の5番手相当のタイムだから、既にこの時点ではペースをつかんでいたんだね。それにしてもペースは良くてもグリッド順位が悪いとレースは勝てないのが最近のレースの通例だから、こういうレースができるのはスターに必須の要素を持ってる証でもあるんだよ。

2023MotoGP第15戦インドネシアGP スプリント トップ3

–一方のチャンピオンシップを争うホルヘ・マルティン選手は、2列目スタートからスプリントで勝ち、レースでも中盤まで他を圧倒する速さでした。このまま優勝かと思ったのですが……

 直近の3戦でスプリントは全勝、レースも優勝2回の2位1回と乗りに乗ってる感じで、今回のレースも中盤まではぶっちぎり優勝のペースだったんだけどねえ。「好事魔多し」というけれど、まさしくそれを地で行った感じだったね。それにしても、同一イベントでチャンピオンシップのリーダーが2回も入れ替わるとは、おもしろい事になって来た。ドゥカティとしてもチャンピオンはほぼ確定としても、いよいよ悩ましい事態になってきて、喜んでるのはドルナだけって感じかな。

「レースの神様ありがとう、後半戦のドラマチックな盛り上がりの口火を切る、この一戦の慈悲深い采配に感謝します」ってね(笑)

–前回、今シーズンのチャンピオンはマルティン選手と予想してましたけど、この結果の予想を修正しますか?

 マルティン選手がチャンピオンシップのトップに立って、追われる立場になったことが転倒につながったかと言うと、そういう感じでは無いと思うね。ただ、調子に乗り過ぎただけじゃないかな。まだスプリントを含めると10戦あるから、精神的に追い詰められる状況でも無いしね。

 とは言え、彼も未経験の世界に足を踏み入れているので、何が起きるかは分からないよ。理想的な勝ちパターンとしては、最終戦まで僅差で2位に付けてバニャイア選手に圧をかけ、最終戦で逆転勝利って展開かな。

–ところで予選までアプリリア勢の速さが際立っていましたが、カタルーニャGPの時と同じようなマシンのアドバンテージがあったという事ですか?

 このサーキットはストレートも短いしコーナー数も多いけれど、回り込む低速コーナーが少ないので、明らかにアプリリアやヤマハのようなハンドリングマシンに利があったようだね。そもそも今年で2回目の開催だし、前回はウエットレースで、しかもその後路面も張り替えられているらしいから、ライダーもチームもデータの蓄積が殆ど役に立たない。そういう環境では、ライダーとマシンの基本的なポテンシャルが結果に出たという事だな。

–ところで、そのヤマハのファビオ・クアルタラロ選手が昨年に続いて表彰台を獲得しましたね。

 昨年はウエットでの2位、今年はドライで上位選手と互角に競り合っての3位だからより価値がある。ただし、その走りを見ているとすべてを出し尽くしている感じで、特にコーナーからの加速は明らかに他車に劣っているが改めて浮き彫りになってしまった。

 エンジンの改善ポイントはトップスピードでは無くて、2019年に掲げた「コーナー前後100mで誰にも負けないマシン」というシンプルなコンセプトに回帰すれば、もっと勝機は増すと思うんだけどね。そこんとこ分かってるのか分かってないのか(笑)

マルク・マルケス(レプソル・ホンダ)/2023MotoGP第15戦インドネシアGP

–さていよいよマルケス選手の移籍についてですが、この一件が本人とホンダにもたらす今後の影響についてはどう思いますか?

 マルケス選手にもたらす影響については、既にこのレースから不吉な予兆が出ていて、スプリントと決勝レースで共に転倒リタイアという厳しい結果を突き付けられた訳だよ。

 本来であれば、晴れて契約が解除されて自由の身になり、それがレース結果にも良い影響をもたらしたね、と言うのが美しいシナリオなんだけれど、レースの神様はそんなに甘くは無くて、この我儘坊やにきついお仕置きをした。僕にはそんな風に見えた、というかはっきり言うと僕の予想したシナリオ通り(笑)

–ゲッ、そんな神通力まで隠し持っていたんですか、恐ろしや~

 いやいや、今回の件では僕だけじゃなくて、一定数のファンが同じような感情を抱いていると思うんだよね。そもそもホンダとの複雑な人間関係については知る由も無いけれど、2020年のアクシデントの後に、それまでの積み上げた実績と復活を信じて2021年から4年間の破格の長期契約を結んだホンダに対して、やっと今シーズン本格的に復帰した挙句に勝てないからという理由で、ライダー側から契約解除とかあり得ないと思うんだよね。

 僕の知る範囲では、ライダー側から契約破棄できる条件は、雇用側が何らかの理由で契約金を支払わないとか、レース参戦が出来ないとか、ライダーの名誉を著しく毀損するような言動や行動があったとか、その程度なんだよ。今回のケースのように、勝てないとか楽しめないとか、開発のテンポが遅いというのがそれに該当するというなら、拡大解釈が過ぎるよね。

–今回のような衝撃的な移籍劇と言えば2004年にバレンティーノ・ロッシ選手がやはりホンダからヤマハにスイッチした例がありますね。

 当事者の一方がホンダと言う点は同じだけど、あの時は契約を途中解除とかではないから法的には何の問題も無いよ。と言っても既に契約書が渡されていて、後はサインするだけというタイミングでの決断だったから、ホンダにとっては寝耳に水の一大事だったんだよ。

 それに、既にホンダで2回チャンピオンを獲得して、マシンの戦闘力も含めて向かうところ敵無しの状況での移籍は、マルケス選手の「勝てないから他に乗り変えたい」という理由とは真逆なんだよね。

 ま、その時のロッシ選手の移籍の動機が、ホンダという会社の対応に人間味が感じられなかったと言うのが本当で、それが現在も社風として残っているとしたら、マルケス選手の移籍の動機もその辺りにあるやもしれないね。

–そうですか、僕が知る限りではホンダのエンジニアの皆さんは、誰も人間味豊かな人達ばかりですよ。

 僕もそう思うんだけどね。ただしその人間味豊かな人達も、ひとたび会社の方針に従って行動するときは、非常に合理的かつ冷徹な行動原理に従う傾向が強いので、その辺りはラテン系の人達には理解できないかもしれないね。

 僕としては現在のホンダの低迷は、マルケス選手にも責任が無いとは思えないので、契約最終年度にホンダと共に奇跡の復活劇でチャンピオンに返り咲く、という男気溢れる決断をして欲しかったなと言う思いがあって、そういう決断に至らなかったのはこの辺りが原因かもしれない。

–ホンダとしてはマシン開発という大きな課題と共に、マルケス選手の抜けた穴をどう埋めるかと言う大きな問題に直面していますね。

 たしかに、今回の移籍劇のダメージを払拭するには、どちらも来シーズンの奇跡的な復活しかない訳で、その困難さにおいてホンダはかなり厳しい状況に置かれている。

 マルケス選手への依存が強かったので、後継ライダーの選択・育成という点がおろそかになっていたのは否めないね。ライダー市場もほとんど門が閉じ掛かっているし、選択肢はそれほど無いんだよ。復活劇を演じるには大事なピースが欠けたままと言うのは苦しい。

 さて、「どうするホンダ」というところだけど、実はマルケス選手のグレシーニ移籍の煽りを食らって行き場の無くなった、ファビオ・ディ・ジャンアントニオ選手が意外に良い選択かもしれない、最近地味に存在感を増してるし(笑)

ドゥカティがコンストラクターズチャンピオンを獲得/2023MotoGP第15戦インドネシアGP スプリント

© 株式会社三栄