トイレ川柳

 お座敷の盛り上げ役、幇間(ほうかん)(たいこ持ち)はかつて、客が手洗いに立てば付いていき、外で待ちながらおしゃべりを続けたという。客がふと我に返るのを遮るためらしい▲そうしないと、客は家族の顔を思い浮かべたり、あすの所用を頭で巡らせたりと、にぎわいから離れた場所で別のことを考え始める。人を冷静にさせるためか、昔から「馬上」「枕上(ちんじょう)(寝床)」に並んで「厠上(しじょう)(トイレ)」は文章を考え、アイデアを練るのに最適の場とされる▲衛生陶器メーカーのTOTOが先ごろ発表した「トイレ川柳」の入賞作に“厠上の効果”とおぼしい一作がある。〈転職を決意したのはトイレ中〉。実話だろうか▲昔の入選作には〈斬新で流すところがわからない〉というのもある。訪日客がよく驚くのは、精巧ながらもボタンが多く、使い方がよく分からない日本のトイレらしい▲「馬上」は今でいう「車上」だが、考えを練るよりも運転に集中するのが先だろう。「枕上」も寝床が心地よく、眠りに誘われるこの季節、熟慮には向きそうにない。さらに多機能の「厠上」…。現代の「三上(さんじょう)」は黙考の空間とはどうも呼びづらい▲昔のサラリーマン川柳を。〈このオレにあたたかいのは便座だけ〉。「秋の寂しい心持ち」をいう「秋思(しゅうし)」を表した一作…かどうかは知らない。(徹)

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