連載[縮む集落、迫るクマ・新潟]<上>自宅の庭で襲われて大けが・・・過疎化で消える“緩衝地帯”、山のえさ凶作で人里へ 遭遇したらどうすれば?専門家に聞く対応

クマに人が襲われたのを受け、現場近くの山中に捕獲用の罠をしかける猟友会のメンバー=9月上旬、南魚沼市長崎

 新潟県で、クマが相次いで人里に出没している。山中ではなく、自宅の近くでクマに襲われ、けがをした人もいる。過疎化の影響などにより、人とクマの生活圏が近づく中、被害を防ぐにはどうすればいいのか。クマ対策の現状や課題を探った。(2回続きの1)

 新潟県南魚沼市長崎の男性(70)が早朝、いつものように自宅脇の庭で水やりをしていたところ、目の前にクマが突然現れた。逃げる間もなく、男性はクマに襲われ、顔や腕に大けがを負った。

 男性が暮らすのは、山あいの自然豊かな集落だ。自宅の周囲には田畑や民家が並び、約100メートル先には木々が生い茂る里山が広がっている。

 襲われたのは9月上旬の午前5時半ごろだった。クマは背後から近づいていた。振り返った瞬間、耳や腕にかみつかれ、目の近くを引っかかれた。助けに駆けつけた妻にも襲いかかろうとした。男性は近くにあった木の棒を振り回したり、大きな声を出したりして、命からがらクマを追い払った。

 被害から1カ月ほどたった今も、耳や顔には痛々しい傷痕が残っている。クマの大きさは約1.3メートル。人間で言えば子どもくらいの大きさだが、深い傷痕を見れば、歯や爪がどれだけ力強いものだったかが分かる。

 「クマを目撃することは珍しくはない。だが、人を襲った話は聞いたことがない」。男性は信じられない様子で話す。例年、クマの目撃が増えるのは山の木の実を食べ尽くした10月以降だというが、襲われたのは9月の初めだ。自宅近くの木には今、柿の実がなっている。再び腹をすかせたクマが下りてくるかもしれないと警戒を続ける。

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 異変はクマの体にも表れていた。男性を襲ったと思われるツキノワグマは、出没から数日後、現場周辺をうろついていたところを捕獲された。体長約1.3メートル、体重は60キロほど。この時期は通常約80〜100キロだが、毛が抜け落ち、異様に細かった。

クマに人が襲われたのを受け、現場近くの山中に捕獲用の罠をしかける猟友会のメンバー=9月上旬、南魚沼市長崎

 猟友会塩沢分会の石坂正外分会長(74)は「50年近く猟友会で活動するが、クマが民家近くに出て、人を襲うことは普通じゃない。生態に何らかの変化が起きているのではないか」と話す。

 2023年は、クマの主な餌となるブナの実が新潟県内全域で「凶作」となっている。ミズナラやコナラの実も「不作」で、全国的にも同様の傾向という。環境省によると、全国の人身被害は4〜9月の速報値では、15都道府県で計109人に上り、月別に統計を取り始めた2007年度以降の同時期比で最多となった。新潟県も10月16日時点で、既に5件(6人)の被害が出ている。

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 クマの生息圏が広がり、人の生活圏と近づいたことも出没が増えている要因だ。かつては奥山に住むクマと人里との間にあった里山が緩衝地帯となり、人をクマの被害から守ってきた。

 国内のクマの生態について研究する日本ツキノワグマ研究所(広島県廿日市市)の米田一彦理事長(75)は、新潟県は手入れされた水田が緩衝地帯となり、東北地方などと比べ、大量出没は少なかったとの見方を示す。しかし、今後について「過疎化が進み、水田の荒廃も目立つ。クマ出没はさらに増えるのではないか」とみる。

 新潟県によると、県内には推定約1500頭のクマが生息する。生息域は2007年度調査からの10年で、約1.5倍と拡大し、特に上・中越で顕著だ=地図参照=。

 調査手法の変更により、最近のデータはないが、環境省も「新潟県の平野部での分布拡大が顕著だ」とする。5月には新潟市南区で初めて出没が確認された。県鳥獣被害対策支援センターの渡部浩所長(57)は「山間部だけでなく、平野部の市街地でも警戒してほしい」と呼びかける。

◆10月中旬以降は体の大きなクマが人里にやってくる恐れ

 秋田県では、住宅街で複数の人がクマに襲われ、けがをするケースが出ている。

 クマは警戒心が強く、人を避けるが、突然遭遇すると攻撃する。山林などクマがいる地域に入る場合に音を鳴らし、人の存在を気付かせることが大事だ。

 ただ、「市街地に現れたクマは身を隠す場所がなく、既に興奮状態だ」と、日本ツキノワグマ研究所(広島県廿日市市)の米田一彦理事長は語る。公園の林や建物など身を隠せる場所を目掛けて走り、人がいれば攻撃する。秋田市の例もそうだった。

 米田理事長は、万が一、遭遇した際には「電柱や木に抱きついて動かず、人と思わせないことが大事」と強調する。クマは人を抱き込み、口にかみついて窒息させようとしてくる。間近に迫られたら顔を下にして地面に横たわり、頭や首を守る。市販のクマ撃退スプレーも効果的だ。

 秋の初めの出没は、若いクマや親子が中心だが「10月中旬以降は体が大きい雄の成獣が奥山から出てくる。大事故につながりやすい」として一層の警戒を促す。

里山近くの自宅の庭で、クマに襲われた時の様子を語る男性=南魚沼市長崎

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