ウクライナに侵攻したロシアへの制裁、結局は中国・インドが漁夫の利を得た 崩壊しなかったロシア経済、なぜ制裁は抜け道だらけとなったのか

2022年2月24日、ロンドンで「プーチンの財布をブロックしろ」と書かれたプラカードを持ち、ロシアのウクライナ侵攻に抗議する市民ら(ゲッティ=共同)

 ロシアのウクライナ侵攻から1年8カ月となるが、日本や欧米諸国が科した対ロシア制裁が期待された効果を上げていないことが明らかになってきた。制裁に参加していない中国など第三国が逆に漁夫の利を得ている構図も浮かび上がる。どこに抜け道があったのか。(共同通信=太田清)

 ▽崩壊起こらず

 侵攻後に欧米の制裁を受け、ロシア経済は崩壊するとの見通しは多くが外れた。
 世界銀行は2022年4月、同年のロシアの国内総生産(GDP)は制裁などの効果により11・2%減となると予想。フランスのルメール経済・財務相は昨年3月1日、「ロシア経済を崩壊させる」と強調したが、実際はロシアのGDPは2・1%減と予測を大幅に上回った。
 今年はプラス成長が確実視される。昨年10月に23年のロシアの実質成長率を2・3%減としていた国際通貨基金(IMF)は、今年1月には0・3%増とプラス成長予想に変更。4月0・7%増、7月1・5%、10月2・2%と期を追うごとに予想値は上昇。
 ロシアのシルアノフ財務相は8月、今年の成長率は2・5%以上になるとの見通しを明らかにした。世界銀行による23年の世界全体の成長率2・1%と比べても「好調」と言って良い数字だ。IMFは24年のロシア経済についても1・1%増とプラス予想をしている。
 戦争に伴う大量の兵器生産が特需を生んでいるのに加え、年金や最低賃金引き上げなどの景気刺激策も寄与。主要輸出品の原油収入も大きな減少を見せていない。
 ロシア経済のアキレス腱であるインフレについてはいったん落ち着いたものの今年7月以降、再び上昇。今年のインフレ率予想は6~7%と高く、ロシア中央銀行は利上げにより抑制する構え。ルーブル安に加え、制裁による輸入物資不足が国内の旺盛な消費需要を満たしていないとの指摘もあり、懸念材料となっている。

ロシア極東ウラジオストクの家電量販店に並ぶ米アップルのiPhone=2022年11月19日(共同)

 ▽追い風

 国際エネルギー機関(IEA)のデータなどを元に、ロシア産原油禁輸などの制裁効果などを発表しているウクライナのシンクタンク、KSE(キーウ経済大学)研究所は9月のリポートで、ロシアは欧米、日本などが科した石油に対する制裁を巧みに回避していると報告した。
 リポートによると、ロシアは侵攻以降、制裁を科した欧米から中国、インド、トルコなどに原油輸出先を振り返ることに成功。ロシア産原油と石油製品の最大の輸出先だった欧州連合(EU)加盟国が、22年2月の410万バレル(日量、以下同)から23年8月に60万バレルまで輸入を急減させた一方、インドは同期間に、10万バレルから190万バレルと輸入を急拡大。中国も輸入量を増やし、ロシアにとり最大の石油輸出先となった。
 価格については、侵攻後、ロシア産原油は需要が減少、さらに第三国への輸出先振り替えの際、原油価格の値引きも行われたが、その減少幅も縮小している。
 ロシア産ウラル原油は侵攻前は欧州北海ブレンド原油とほぼ同じ価格だったが、侵攻後に価格差が拡大。23年1月には1バレル40ドルも安くなったものの、その後は価格差は縮小し、8月には15ドルの差となった。それだけ、値引き幅が減ったとみられる。輸出先振り替えが順調に進んだことに加え、ロシアを含む石油輸出国機構(OPEC)プラスの減産を受け、世界的に原油需給がタイトになったことが影響したもようだ。
 石油輸出収入の面でもロシアに追い風が吹いている。23年2月に123億ドルまで減少した輸出収入は8月に171億ドルまで回復。侵攻前の21年平均を上回った。
 石油関連歳入の回復に加え、事実上の輸出増税も実施しており、ロシアの財政赤字は政府目標(GDP比2%以内)を通年で大きく超えることはないとの見方が強まっている。

2022年10月9日、トルコのボスポラス海峡を通過するロシアの石油タンカー(ゲッティ=共同)

 ▽幽霊船団

 第三国によるロシア産石油輸入を食い止めようと、先進7カ国(G7)とEU、オーストラリアは22年12月、ロシア産原油取引価格上限措置(1バレル=60ドル)を導入したが、ロシアは同措置を回避する策を講じ対抗した。
 同措置は上限価格を上回る原油の海上輸送に対し保険や融資を認めないという内容だが、KSE研究所によると、ロシアは欧米の保険会社の保険に入らないまま、老朽化したタンカーをかき集め自前の保険だけで原油輸送を行っている。
 今年8月時点で、こうしたタンカーの数は156隻に上り、日量210万バレルの原油を輸出している。非正規であるため「影の船団」「幽霊船団」と呼ばれており、必要なメンテナンスを受けておらず、十分な保険にも加入していないため、原油流出時の回収コストや補償を負担できないとの懸念が強い。
 ロシアや関係国はこのほか、取引価格について虚偽の申告をして原油輸送を行う手段も使っているとされる。欧米各国のチェック態勢が不十分であることから、見過ごされてしまうケースが数多くあるという。

 ▽並行輸入

 ロシア経済やその戦闘能力を弱体化させるため、欧米各国は兵器転用可能な電子部品や半導体など多くの物品をロシアへの禁輸対象としているが、制裁に参加していない国からの輸出や迂回輸出が問題となっている。
 端的な例が民間航空機部品だ。ロシアの民間旅客機の9割超が米ボーイングか欧州エアバス社製だが、両社は制裁措置を順守し機体はもちろんのこと、保守・修理などに必要な航空機部品を一切提供していない。
 侵攻開始当初は、既にある機体を分解して部品を流用することが想定され、ロシア政府も30%ほどの機体を解体すれば25年まで運航可能と主張。その後はロシア民間機運航が困難になると予測されていたが、実際は第三国からの並行輸入で必要な部品を手当している。
 ラトビアを拠点としロシアに関する調査報道を手がける独立系メディア「バージヌイエ・イストリイ(重要な話題)」によると、ロシアは昨年3月から今年3月にかけて、ボーイングとエアバスの部品180億ルーブル(約270億円)分を並行輸入したことが税関資料から裏付けられた。購入先企業所在地は上から順にアラブ首長国連邦(UAE)、中国、トルコの順だった。
 「重要な話題」が調査したモスクワに本社のあるプロテクトル社のケースでは、同社は侵攻が始まった22年、ロシア航空会社への転売のためUAEの企業からボーイング社製部品を輸入、収益を前年比200倍増加させた。
 こうした輸入に関与した企業や経営者は当然、制裁や刑事罰の対象となる。しかし、反汚職運動を続ける非政府組織(NGO)トランスペアレンシー・インターナショナル・ロシアのイリヤ・シュマノフ事務局長は「重要な話題」に対し「サプライチェーン(供給網)を下れば下るほど、制裁が守られる可能性は低くなる。刑事罰が科せられるケースはとても少なく、(制裁の危険を察知すれば)すぐ会社を閉鎖し、別の会社を立ち上げればいいだけだ」と指摘する。

2022年3月、モスクワ郊外のシェレメチェボ空港に駐機するアエロフロート・ロシア航空の航空機(タス=共同)

 ▽中国車輸出先トップ

 制裁に参加しているのは世界で四十数カ国しかなく、参加していない国が対ロ貿易などを通じて利益を得ていることは明らかだ。欧米、日本からの輸入車が激減したことでロシアでの中国車シェアは急上昇。今年上半期に日本を抜き世界最大の自動車輸出国になった中国の最大の輸出先はロシアだ。では制裁に参加していない国は具体的にどの程度の利益を得ているのか。
 カナダ銀行(中央銀行)は8月23日、「国際経済制裁と第三国への効果」と題する論文を発表。共同筆者である同銀行シニアエコノミストのガリップ・ケマル・オズハン、米ワシントン大教授のファビオ・ギローニ、ノースカロライナ州立大助教のダイスン・キムの3氏は、米英両国、EU加盟国を制裁国、ロシアを被制裁国、中国、インド、トルコを制裁に参加しない第三国と規定した上で、制裁の効果がそれぞれのグループに与える効果を推計した。
 消費物資の貿易制限、金融制裁、天然ガス禁輸の三つの制裁を科した場合、ロシアは理論上、中国などの第三国グループが制裁に参加した場合、人口当たりのGDPが9%減少するのに対し、参加しない場合は4%減にとどまる。
 一方、第三国グループについては、制裁に参加すれば0・8%減となるものの、参加しないことで対ロ貿易が増加、安価なロシア産天然ガスを輸入できることで、逆にGDPは0・4%押し上げられる。米国など制裁する側はいずれのケースでも0・8%近い損失を被る。

3月21日、モスクワのクレムリンでレセプションに参加したロシアのプーチン大統領(右)と中国の習近平国家主席(ロシア大統領府提供・ロイター=共同)

 ▽構造的欠陥

 ロシア経済などの調査・分析を行っているシンクタンク「ロシアNIS経済研究所」の中居孝文所長は「ロシアの継戦能力を奪うという面からは、制裁は成功していない」と語る。
 ロシアが制裁の影響を緩和できた理由について「中央銀行の急速な利上げなど迅速な金融・財政政策が奏功し、侵攻直後の危機的状況を乗り切った。貿易相手をそれまでの欧州中心から中国などグローバルサウス(新興・途上国)にシフトできたことも大きかった」と指摘。

都内でインタビューに答えるロシアNIS経済研究所の中居孝文所長=10月11日(共同)

 さらに「ロシアが(拒否権のある)国連安全保障理事会常任理事国であることから、安保理決議による制裁ができず、いわば有志国による制裁となってしまった。制裁に有志国以外が加わっていないことに、そもそも大きな問題があった」と現在の制裁体制の構造的欠陥を強調した。

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